melOnの音楽四方山話

オーサーが日々聴いている色々な音楽を紹介していくブログ。本人の気力が続くまで続ける。

JT – The Formula EP [2017 Reginald J. Taylor]

アイズレー・ブラザーズやザップなどを輩出したオハイオ州の出身。98年にリリースしたアルバム『Tomorrow 2 Yesterday』がインディー・レーベル発の作品ながら、ソウル・ファンの間で注目を集め、廃盤になったあとは高い値段で取引されている、3人組のヴォーカル・グループ、レイテッドR。同グループの中心人物で、メイン・ヴォーカルを担当しているJTことレジナルドJ.テイラーの5年ぶりとなる新作EPが、配信限定で発売された。

キース・スウェットの貫禄とR.ケリーの滑らかさが融合した歌声と、粘り強いヴォーカルと相性の良いシンプルで飾らないトラックが高く評価されたレイテッドR時代を経て、2012年に発表した初のソロ作『Release』は、2000年代のインディー・ソウルらしい、シンセサイザーを多用した華やかなトラックが印象的な作品だった。だが、今回のアルバムでは、『Tomorrow 2 Yesterday』を彷彿させる、どっしりと落ち着いたビートとシックな伴奏を使い、JTのヴォーカルを強調した作品を用意してきた。

アルバムの1曲目、ラッパーのジェイムズ・ティラーをフィーチャーした”Drop It Low”は、冷たい音色のシンセサイザーと荒々しいシンセ・ベースの音色が、ちょっと不気味なアップ・ナンバー。刺々しい音のシンセサイザーを使ったリフが前作の収録曲っぽい、クリス・ブラウンやオマリオン以降のR&Bのトレンドを取り入れた曲だ。

続く”Fall In Love”は、前年に発表された本作からのリード・シングル。ジャヒームやライフ・ジェニングスの作品を思い起こさせる、ヒップホップのエッセンスを取り入れたミディアム・テンポのビートをバックに、滑らかな歌声を使って余裕たっぷりに歌う、ゆったりとしたバラード。サビで流れるトークボックスを使ったコーラスが、切ないムードに拍車をかけている。

また、、オハイオ州出身のラッパー、チョコレイト・ソングバードが客演し、ミュージック・ビデオも制作されたもう一つのリード・シングル”Midwest Shuffle”は、R.ケリーの”Step in The Name of Love”がヒットして以来、多くのR&Bシンガーが採用しているシカゴ・ステッパーズを取り入れたダンス・ナンバー。ドラムやベースのグルーヴを強調した、重心が低いトラックの上で、豊かな歌声を惜しみなく聴かせる姿に痺れるのは私だけか?。これだけの声量をキープしながら、肩ひじ張らずに流麗な歌唱を披露する技術には、ただただ脱帽するしかない。

それ以外の曲では、2曲のスロー・バラード”Pain”と”What About”も捨てがたい。前者はホレス・ブラウンやサム・ソルターのような90年代中期にブレイクしたR&Bシンガーの楽曲を思い起こさせるシンプルなトラックと、洗練されたメロディが心地よいバラード。ドラムとフィンガー・スナップを使ったシンプルなビートに、ポロポロと鳴り響くシンセサイザーの音色が合わさったシンプルなトラックをバックに、力強い歌声を響かせる「熱い」曲だ。一方、後者はオマリオンの”Ice Box”を連想させる、派手なシンセサイザーのリフをバックに、シリーナ・ジョンソンっぽいセクシーな歌声の女性シンガー、ションタ・フォードとのデュエットを披露した楽曲。どちらかといえば2000年代のR&Bっぽい華やかで洗練されたトラックが、貫禄と色気を兼ね備えた二人の歌で、落ち着いた雰囲気のソウル・バラードになっているから面白い。

実は、今回のアルバムとほぼ同時期に『Tomorrow 2 Yesterday』が再発されている。そんなこともあって、私は本作に2017年版の『Tomorrow 2 Yesterday』みたいな作品という印象を抱いた。もちろん、このアルバムは彼のソロ作品だし、98年と2017年じゃR&B業界のトレンドも流通経路も全く異なる。だが、彼はそれを理解した上で、若いファンには”Sexy Slave”や”What About”のように、シンセサイザーを駆使した華やかなトラックのR&Bを、昔の彼を知るファンには”Fall in Love”や”Midwest Shuffle”のような、低音中心のシンプルなトラックを使ったR&Bを、それぞれ用意することで、幅広い層にアピールしつつ、彼らにJTの持ち味である豊かな歌声をじっくりと聴かせているように映った。

もちろん、本作で彼が選んだ戦略は、恵まれた歌声と高い技術力を兼ね備えた彼だからできるものだ。だがそれは、どんなに歌が上手くても、リスナーにとって魅力的な曲が用意できなければ、彼らに聴いてもらうことはできないという、多くの歌手が抱える悩みを反映したものだと思う。近年のR&Bのトレンドを取り込みつつ。彼のスタート地点である90年代のR&Bに根差した作風の本作は、90年代の音楽を知らない世代にも響くものがあると思う。

Track List
1. Drop It Low feat. James Tiller
2. Fall in Love
3. Midwest Shuffle feat. Choqlate Songbird
4. Pain
5. Sex Slave
6. What About feat. Shaunta Ford







Omar - Love In Beats [2017 Freestyle]

85年にシングル『Mr. Postman』でデビュー。その後は”There's Nothing Like This”や”Music”、”Say Nothin’”などのヒット曲を残しつつ、7枚のアルバムを録音してきた、ロンドン出身のシンガー・ソングライター、オマーことオマー・クリストファー・ライフォーク。2012年には大英帝国勲章を授与されるなど、イギリスを代表するソウル・シンガーに上り詰めた彼にとって、4年ぶりとなるフル・アルバムが本作だ。

過去のアルバムでは、ウータン・クランのオール・ダーティ・バスタードやエリカ・バドゥなど、アメリカの有名なミュージシャンが数多く参加していたが、2013年に発表した前作『The Man』は、キャロン・ウィーラーのようなイギリス出身のシンガーや、ピノ・パラディーノやヒドゥン・ジャズ・オーケストラといった演奏畑の面々を招いた、どちらかといえばオマーの歌にスポットを当てた作品だった。あれから4年ぶりの新作となるこのアルバムでは、彼より10歳以上も若いミュージシャンをゲストに呼んで、これまでの作品とは一味違う、新しいスタイルの楽曲に挑戦している。

アメリカのジャズ・ピアニスト、ロバート・グラスパーとイギリスのラッパー、タイをフィーチャーしたオープニング・ナンバー”Vicky's Tune”は、グライムのビートを取り入れたアップ・ナンバー。過去の作品でもガラージや2ステップなど、若者に人気の新しいビートを取り入れてきた彼だが、本作でもしっかりとトレンドを押さえている。だが、何より面白いのは、この曲が生演奏で作られていること。スタジオ録音では希少な(ジャズ・ピアニストなのに!!)、ロバート・グラスパーの激しいアドリブや、オマー自身がドラムを叩いた高速で正確無比なビートは絶対に聴き逃せない、彼の高いスキルが楽しめる名曲だ。

続く”Insatiable”はロンドン出身のソウル・シンガー、ナターシャ・ワッツが参加したミディアム・ナンバー。90年代に一世を風靡したブラン・ニュー・ヘヴィーズのサウンドを彷彿させる、ヒップホップっぽいリズミカルなビートと、生演奏であることを強調したようなラフで軽快なベースやキーボードなどの伴奏が格好良い佳曲。太く温かいオマーの歌声と、爽やかで洗練されたナターシャのヴォーカルの好対照な個性が光っている。

それ以外では、マーヴィン・ゲイの『I Want You』の作者としても有名な、デトロイト出身のソウル・ミュージック界の大御所、リオン・ウェアを招いたロマンティックなミディアム・ナンバー”Gave My Heart Its So Interlood”や、ロンドン出身の女性デュオ、フロエトリーの一員、フローシストことナタリー・スチュアートがラップで参加した、音ネタを効果的に使ったヒップホップのビートが格好良い”Feeds My Mind”、キューバ出身の女性シンガー、マイラ・アンドラーデが客演した、ラテン音楽風のギターの音色が格好良い、三拍子を使った色っぽいソウル・ナンバー”De Ja Vu”など、生バンドを使いつつ、一工夫を凝らした個性的な曲が存在感を発揮している。

もっとも、このアルバムでは斬新な曲だけでなく、デビュー当時から演奏している、生バンドの温かい音色と、人間にしか出せないゆらゆらと揺れるようなグルーヴを大事にしたソウル・ミュージックもちゃんと収めている。その一つが、前年にリリースされたミニ・アルバムのタイトル曲”I Want It To Be”で、彼の代表曲”There's Nothing Like This”を思い起こさせる、太いベース・ラインと、キーボードなどのリズミカルな伴奏、ふくよかで柔らかい彼の歌声を堪能できるミディアム・ナンバーだ。

彼の音楽の面白いところは、これだけバラエティ豊かな音楽を作っているにも関わらず、バック・トラックの大半を生バンドの演奏で録音していることだろう。特に、オマー自身が担当することも多いドラムは、ヒップホップからジャズ、変拍子やガラージまで、色々なスタイルを取り入れてきた。その衰えることのない探求心の強さと、難解なビートを実現する技術力の高さが、彼の音楽に時代のトレンドを取り込んだ柔軟さと、何年経っても色褪せない普遍性を与えているように映る。

デビューから30年以上の時が経ち、祖国から叙勲を受けるほどの成功を収めた彼だが、まだまだ進化は止まりそうにない。確かな実力と、新しい音楽を受け入れる好奇心が揃った彼にしか作れない、2017年のソウル・クラシックだと思う。

Track List
1. Vicky's Tune feat. Robert Glasper & Ty
2. Insatiable feat. Natasha Watts
3. Gave My Heart Its So Interlood feat. Leon Ware
4. Feeds My Mind feat. Floacist
5. De Ja Vu feat. Mayra Andrade
6. Girl Talk feat. The Moteane - Lyefooks
7. This Way That Way
8. Hold Me Closer
9. I Want It To Be
10. Doobie Doobie Doo
11. Grey Clouds
12. Destiny feat. Jean Michel Rotin





LOVE IN BEATS
OMAR
FREESTYLE RECORDS
2017-01-27


Syd - Fin [2017 The Internet, Columbia]

フランク・オーシャンやタイラー・ザ・クリエイターを擁するロス・アンジェルスのヒップホップ・クルー、オッド・フューチャーの一員として活動する一方、同じクルーのメンバーでもある、プロデューサーのマット・マーシャンズと結成したバンド、ジ・インターネットの名義で3枚のアルバムをリリース。うち2015年に発表した『Ego Death』はグラミー賞のベスト・アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門にノミネートするなど、既に活発な動きを見せている、ロス・アンジェルス出身のシンガー・ソングライター、シド・ザ・キッド(Syd Tha Kyd)ことシドニー・バレット。彼女にとって、初のソロ作品となるアルバムが、この『Fin』だ。

ジ・インターネットのアルバムを配給したコロンビアから発表した本作。発売時期(2017年2月上旬)が時期だけに、どうしても本作の1週間前にリリースされたマットのアルバム『The Drum Chord Theory』と比べてしまうが、あちらは制作や演奏も彼自身が担当した、コアなファンが対象の配信限定の自主制作盤。一方こちらは、ヒット・ボーイやジ・インターネットのスティーヴ・レイシーなど、複数のプロデューサーを起用して、幅広い層にアピールすることを狙ったメジャー配給の作品と、しっかり差別化している。

ジ・インターネット名義の作品や彼女の客演曲でも感じたことだが、シドのヴォーカルはアリーヤやアメール・ラリューを彷彿させる透き通った歌声と繊細な表現が持ち味で、メアリーJ.ブライジやビヨンセのような感情をむき出しにした泥臭い歌唱とは対極的なもの。本作では、そのヴォーカルと、自身や外部のプロデューサーを起用した多彩なトラックを組み合わせ、アーシーなソウル・ミュージックとも、洗練されたR&Bとも異なる、独自の作品を聴かせてくれる。

アルバムのオープニングを飾る”Shake 'Em Off”は、ヘビーなドラムの上にクリック音などの電子音を重ねたビートに乗せて、気怠そうな歌を聴かせるミディアム・ナンバー。電子音楽ともヒップホップとも異なる、シンプルだが癖のあるトラックと、彼女のひんやりとした肌触りの歌声の相性の良さが光っている。

続く、”Know”は、シドの歌い方がアリーヤの”One In A Million”に良く似ている、ファルセット中心の爽やかなヴォーカルが印象的な曲。ジ・インターネットの『Ego Death』にも参加しているニック・グリーンが作るトラックは、90年代のティンバランドやジャーメイン・デュプリを思い起こさせる変則ビート。曲の背後でふんわりと響き渡るシンセサイザーの音が幻想的な雰囲気を醸し出し、彼女の神秘的な歌声を引き立てている。

これ以外の曲では、アルバムからシングル・カットされた”All About Me”も面白い。”Know”と同じ、90年代のティンバランドが作りそうな変則ビートを取り入れた曲だが、こちらではいわゆるチキチキ・ビートを使っている。スティーヴ・レイシーがプロデュースしたこの曲は、変則ビートにホラー映画が使いそうな不気味なシンセサイザーのリフを組み合わせたトラックと、シド自身のペンによるラップ風のメロディを組み合わせたドレイクっぽい曲調のミディアム。取り入れている要素は過去のヒット曲で使われているものなのに、組み合わせ方ひとつで、斬新に聴こえる好事例みたいな曲だ。

また、上の3曲以外で絶対に聞き逃せないのは”Smile More”と”Body”の2曲。前者は、彼女自身が手掛けたミディアムで、本作の収録曲では珍しい、リズム・マシンを使った90年代のヒップホップっぽいドラムとシンセサイザーの伴奏を組み合わせたムーディーなビートの上で、色っぽい歌声を聴かせている、シンプルだが味わい深い曲。シンプル過ぎて言葉で表すのが難しいが、ジャスティン・スカイの『8 Ounces』エイジアンの『Love Train』などに収められてそうな、メジャー向けの洗練されたトラックの上で、ネットリと歌うロマンティックな曲と思ってもらえればありがたい。一方、後者はビヨンセの2016年作『Lemonade』に収録された”Sorry”などを手掛けている、メロXがプロデュースしたミディアム・バラード。シンセサイザーを駆使した重いビートとひんやりとした伴奏は他の曲と似ているが、ヴォーカルやバック・トラックの響き具合を調整して、彼女の歌声をより神秘的なものに仕立て直したテクニックが素晴らしい、本作の目玉だ。

こうやってオッド・フューチャー関連の作品を聴き比べてみると、彼らの作品はヒップホップやR&Bだと自認しつつ、ヒップホップの形式には執着していないように思える、ロックや電子音楽のエッセンスを取り入れたフランク・オーシャンの『Blondie』にしろ、色々な音楽の要素を取り込んだマットのアルバムにしろ、ヒップホップの核となる歌やラップ、ビートには拘りを持っていても、使う音色の種類や演奏形態、目指す声質等は自分の個性を重要視し、制作現場では必要なものや似合うものを選別して、自分達の作品に落とし込んでいるように思える。そういう性質のクルーに所属している彼女だからこそ、奇抜なのに、不自然さがない、本当の意味で個性的な作品に仕上げられたんだと思う。

彼女がオッド・フューチャーを越えて、どこまでいけるのかは、このアルバムを聴く限り未知数だが、まだ見せてない伸びしろが沢山あるように感じられた、そんな将来への期待も含めて、凄く面白いアルバムだ。

Producer
Syd, Hit-Boy, Melo-X, Steve Lacy etc

Track List
1. Shake 'Em Off
2. Know
3. Nothin to Somethin
4. No Complaints
5. All About Me
6. Smile More
7. Got Her Own
8. Drown in It
9. Body
10. Dollar Bills
11. Over
12. Insecurities





Fin
Columbia
2017-02-24


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