コロンビア人の父とフランス人の母の間に生まれ、幼いころからバッハの作品やクンビア、ファンクなど、色々な音楽を吸収してきた、ブルックリン出身のシンガー・ソングライター、ガブリエル・ガルゾン・モンターノ。ギターやドラムからバイオリンまで、色々な楽器の演奏技術を習得しながら、独学で作曲を始めた彼は、レニー・クラビッツなどの作品を手掛けたプロデューサー、ヘンリー・ヒルシュと出会ったところで大きな転機を迎える。
彼の協力のもと、2014年にリリースしたEP『Bishouné: Alma del Huila EP』は、楽曲制作だけでなく、ハンドクラップを含む演奏のほとんどを、自身の手で行ったという、DIY感満載の作品だった。だが、このアルバムは、ジャイルズ・ピーターソンなどのDJやミュージシャン達の間で注目を集め、フル・アルバムを出す前にもかかわらず、メイヤー・ホーソンやレニー・クラビッツなどのツアーでオープニング・アクトに起用されるきっかけになるほど、好評を博していた。
そんな前作から3年ぶりとなる、彼にとって初のフル・アルバム『Jardin』は、ロス・アンジェルスのインディー・レーベル、ストーンズ・スロウからのリリース。
ストーンズ・スロウといえば、マッドリヴのようなサンプリングを多用したクリエイターから、ジェイムズ・パンツのような電子音楽にシフトしたもの。そして、メイヤー・ホーソンのように70年代のソウルを独自の解釈で現代の音楽に落とし込んだものなど、一癖も二癖もある、個性豊かなアーティストが揃っているレーベル。その中で、彼がどんな音楽を生み出すのか、とても楽しみだった。
曲の感想を言う前に、結論だけ言ってしまうと。このアルバムは前作の前衛的な音楽性を継承しつつ、それを磨き上げた魅力的な作品だった。
まず、アルバムに先駆けて発表された、”Sour Mango”に耳を傾けると、こちらはどっしりとした重いビートの上で、耳に刺さるようなシンセサイザーのリフとハンドクラップの音が、楽曲に彩を添えているミディアム・ナンバー。ジェイムズ・パンツの作品にも通じる耳に刺さるような電子音の隙間で、線の細いしゃがれた声を上手に操って切々とうたい上げる姿が、なんとも切ない雰囲気を醸し出している良曲だ。
この曲につづく”Fruitflies”は、彼のクラシック音楽の素養が発揮された、鍵盤楽器の弾き語りをベースにしたバラード。もっとも、彼の音楽が単純な弾き語りのバラードなわけもなく、この曲では、鈴から電子音まで、色々な音を曲の随所に埋め込んで、ガブリエルがしっとりと歌うバラードに神秘的な空気を吹き込んでいる。
また、もう一つの先行リリース曲”The Game”は、90年代のヒップホップで使われていそうな、ポップだけど重みのあるバス・ドラムと、シンセサイザーの柔らかい伴奏を軸にした、音数の少ないシンプルなトラックの上で、ディアンジェロやジョージ・アン・マルドロウを連想させる、ラップと歌の中間のような、少し崩したメロディが乗っかるミディアム・ナンバー。ビートの作りはストーンズ・スロウ時代のアロー・ブラックの作品に似ているし、ヴォーカルはディアンジェロと似ているところが散見される。だが、この曲が彼らの音楽と決定的に異なるのは、彼の音楽が洗練されていることだ。耳を爽やかに抜けていくビートと、粗削りだがスマートな歌唱が、「ヒップホップとソウルの融合」という、多くのミュージシャンが取り組んだ題材に、新しい可能性を提示したと思う。
だが、本作の収録曲の中で、最も聴き逃せないのは"Crawl"だと思う。デビュー当時のジョン・レジェンドが好きな人にはたまらない、太く温かい音を使ったビートに乗せて、少し荒々しい歌声で、丁寧にメロディを歌い込む、ミディアム・ナンバー。細い声を振り絞って出す、ファルセットを効果的に使ったこの曲は、彼の作品の中では珍しく、前衛的な音楽の要素が非常に少ないものだ。
このアルバムは、前作で見せた先鋭的な側面を丁寧に磨き上げることで、斬新さと作品としての完成度を両立した良作だと思う。しかし、それ以上に面白いのは、前衛音楽にあるような、奇抜さや難解さを抑え込み、R&Bの枠組みに収めつつ、その枠組みを拡張したところだと思う。使う音色は、ジェイムズ・パンツやジョンティなどの電子音楽に近いものだし、ビートの中には、ジェイ・ディラやマッドリヴのような癖のあるものも少なくない。しかし、それだけにとどまらず、これらの音を使いつつ、ソウル・ミュージックとしても違和感なく聴けるメロディを組み込むことで、斬新さと保守的な側面の両方が混ざり合った楽曲に落とし込まれている。このセンスの良さは、クラシックから民族音楽まで、色々な音楽に慣れ親しんできた彼の視野の広さのおかげじゃないかと思う。
ここ10年、R&B業界の一大潮流になりつつある、異分野の音楽を取り込んだいわゆるオルタナティブR&B。この手法は、成功すればR&Bの新たな魅力を引き出すことができるが、援用する要素の選別、編集に失敗して、「R&Bっぽい何か」になってしまう作品も少なくなかった。その点、本作は、電子音楽を中心に、ファンク、クラシックなど要素を取り入れながら、R&Bの枠組みを拡張することに成功した、先鋭的だが、保守的なファンにも納得させることができそうなアルバムだ。アンダーソン・パックに続く、西海岸発の名作と呼ばれる日は来るのか、今から期待してしまう傑作だ。
Track List
1. Trial
2. Sour Mango
3. Fruitflies
4. The Game
5. Long Ears
6. Crawl
7. Bombo Fabrika
8. Cantiga
9. My Balloon
10. Lullaby
彼の協力のもと、2014年にリリースしたEP『Bishouné: Alma del Huila EP』は、楽曲制作だけでなく、ハンドクラップを含む演奏のほとんどを、自身の手で行ったという、DIY感満載の作品だった。だが、このアルバムは、ジャイルズ・ピーターソンなどのDJやミュージシャン達の間で注目を集め、フル・アルバムを出す前にもかかわらず、メイヤー・ホーソンやレニー・クラビッツなどのツアーでオープニング・アクトに起用されるきっかけになるほど、好評を博していた。
そんな前作から3年ぶりとなる、彼にとって初のフル・アルバム『Jardin』は、ロス・アンジェルスのインディー・レーベル、ストーンズ・スロウからのリリース。
ストーンズ・スロウといえば、マッドリヴのようなサンプリングを多用したクリエイターから、ジェイムズ・パンツのような電子音楽にシフトしたもの。そして、メイヤー・ホーソンのように70年代のソウルを独自の解釈で現代の音楽に落とし込んだものなど、一癖も二癖もある、個性豊かなアーティストが揃っているレーベル。その中で、彼がどんな音楽を生み出すのか、とても楽しみだった。
曲の感想を言う前に、結論だけ言ってしまうと。このアルバムは前作の前衛的な音楽性を継承しつつ、それを磨き上げた魅力的な作品だった。
まず、アルバムに先駆けて発表された、”Sour Mango”に耳を傾けると、こちらはどっしりとした重いビートの上で、耳に刺さるようなシンセサイザーのリフとハンドクラップの音が、楽曲に彩を添えているミディアム・ナンバー。ジェイムズ・パンツの作品にも通じる耳に刺さるような電子音の隙間で、線の細いしゃがれた声を上手に操って切々とうたい上げる姿が、なんとも切ない雰囲気を醸し出している良曲だ。
この曲につづく”Fruitflies”は、彼のクラシック音楽の素養が発揮された、鍵盤楽器の弾き語りをベースにしたバラード。もっとも、彼の音楽が単純な弾き語りのバラードなわけもなく、この曲では、鈴から電子音まで、色々な音を曲の随所に埋め込んで、ガブリエルがしっとりと歌うバラードに神秘的な空気を吹き込んでいる。
また、もう一つの先行リリース曲”The Game”は、90年代のヒップホップで使われていそうな、ポップだけど重みのあるバス・ドラムと、シンセサイザーの柔らかい伴奏を軸にした、音数の少ないシンプルなトラックの上で、ディアンジェロやジョージ・アン・マルドロウを連想させる、ラップと歌の中間のような、少し崩したメロディが乗っかるミディアム・ナンバー。ビートの作りはストーンズ・スロウ時代のアロー・ブラックの作品に似ているし、ヴォーカルはディアンジェロと似ているところが散見される。だが、この曲が彼らの音楽と決定的に異なるのは、彼の音楽が洗練されていることだ。耳を爽やかに抜けていくビートと、粗削りだがスマートな歌唱が、「ヒップホップとソウルの融合」という、多くのミュージシャンが取り組んだ題材に、新しい可能性を提示したと思う。
だが、本作の収録曲の中で、最も聴き逃せないのは"Crawl"だと思う。デビュー当時のジョン・レジェンドが好きな人にはたまらない、太く温かい音を使ったビートに乗せて、少し荒々しい歌声で、丁寧にメロディを歌い込む、ミディアム・ナンバー。細い声を振り絞って出す、ファルセットを効果的に使ったこの曲は、彼の作品の中では珍しく、前衛的な音楽の要素が非常に少ないものだ。
このアルバムは、前作で見せた先鋭的な側面を丁寧に磨き上げることで、斬新さと作品としての完成度を両立した良作だと思う。しかし、それ以上に面白いのは、前衛音楽にあるような、奇抜さや難解さを抑え込み、R&Bの枠組みに収めつつ、その枠組みを拡張したところだと思う。使う音色は、ジェイムズ・パンツやジョンティなどの電子音楽に近いものだし、ビートの中には、ジェイ・ディラやマッドリヴのような癖のあるものも少なくない。しかし、それだけにとどまらず、これらの音を使いつつ、ソウル・ミュージックとしても違和感なく聴けるメロディを組み込むことで、斬新さと保守的な側面の両方が混ざり合った楽曲に落とし込まれている。このセンスの良さは、クラシックから民族音楽まで、色々な音楽に慣れ親しんできた彼の視野の広さのおかげじゃないかと思う。
ここ10年、R&B業界の一大潮流になりつつある、異分野の音楽を取り込んだいわゆるオルタナティブR&B。この手法は、成功すればR&Bの新たな魅力を引き出すことができるが、援用する要素の選別、編集に失敗して、「R&Bっぽい何か」になってしまう作品も少なくなかった。その点、本作は、電子音楽を中心に、ファンク、クラシックなど要素を取り入れながら、R&Bの枠組みを拡張することに成功した、先鋭的だが、保守的なファンにも納得させることができそうなアルバムだ。アンダーソン・パックに続く、西海岸発の名作と呼ばれる日は来るのか、今から期待してしまう傑作だ。
Track List
1. Trial
2. Sour Mango
3. Fruitflies
4. The Game
5. Long Ears
6. Crawl
7. Bombo Fabrika
8. Cantiga
9. My Balloon
10. Lullaby