ビヨンセの妹としても知られる、ヒューストン生まれ、ニューオーリンズ育ちのシンガー・ソングライター、ソランジュ・ノウルズ。彼女にとって、2008年の『Sol-Angel And The Hadley St. Dreams』以来、実に8年ぶりとなるオリジナル・アルバムが、この『A Seat At The Table』だ。

彼女がプロのミュージシャンになる前から、音楽業界のトップに君臨してきた姉、ビヨンセ。その存在は、彼女のキャリアに多くの恩恵をもたらすと同時に、足枷にもなってきたと思う。

まず、ソランジュのキャリア自体が、デスティニーズ・チャイルドや各メンバーの作品やステージに関する仕事からスタートしている。次に、彼女のデビュー・アルバム『Solo Star』は、デスティニーズ・チャイルドのマネージメントをしていた父、マシューのプロデュースの下、ティンバランドやネプチューンズといった、当時の音楽シーンを代表するクリエイターが集結した、デビュー作としては非常に豪華な布陣のアルバムだった。その後も、ビヨンセや他のメンバーのソロ作品に、ソングライターやヴォーカルとして参加するなど、彼女の音楽活動の背後には、ビヨンセを含む家族の存在があったことは否定できない事実だ。

その一方で、彼女のソングライティングの才能や、絹織物のように繊細な歌声と、ロックからミュージカル音楽まで歌いこなす技術は、長い間、過小評価されてきたと思う。彼女のパフォーマンスは、シャイ・ライツの曲を使ったファンキーなトラックを自然体で乗りこなし、エッタ・ジェイムスの”At Last”を本家顔負けの迫力ある歌声でカヴァーするほどの、豊かな声量と表現力を備えた姉を基準に、評価や比較をされ、時に、「物足りない」と形容されることもあったと記憶している。

端的に言えば、ソランジュは、「ビヨンセの妹」という出自のおかげで、他の歌手よりも多くのチャンスに恵まれたが、同時に、姉の才能やキャラクターを基準に評価されてきたように思う。

そんな彼女の転機になったのは、前作『Sol-Angel And The Hadley St. Dreams』だ。モータウン・サウンドをベースに、ロックなどの要素を加えた同作は、彼女と姉を明確に差別化し、一人のシンガーとしての評価を確立させた転換点だったと思う。

本作は、そんな前作の路線を踏襲しつつ、よりロック寄りにシフトした作品。

アルバムのクレジットを見て最初に気づくのは、父マシューが制作から離れ、代わりに多くのミュージシャンが参加していることだ。その中でも、特筆すべきは、本作が初参加となるラファエル・サディークの存在。往年のソウル・ミュージックと現代のR&Bを融合させる技術では、当代随一のミュージシャンだが、2011年のアルバム『Stone Rollin'』では、サイケデリック・ロックやブルースの要素も取り入れて見せるなど、黒人音楽への造詣の深さと、他のジャンルの音楽に向ける視野の広さでも、現役のミュージシャンの中では頭一つ抜けている。彼に加えて、ダーティー・プロジェクターズのデイヴィッド・ロングストレスや、メトロノミーのベンガ・アデレカンなどの、独創的な作風で知られるロック・ミュージシャン、リル・ウェインやQ-ティップなどの個性派ヒップホップ・アクト、ザ・ドリームやBJザ・シカゴ・キッドのような職人肌のR&Bシンガーが、本作のクレジットに名を連ねている。

この豪華な面々で録音された本作を聴いたとき、最初に感じた印象は、「非常に尖っている」ということだ。

アルバムのイントロ”Rise”から続く、実質的な1曲目、”Weary”に耳を傾けるとザ・ウィークエンドやガラントの作品を連想させる、前衛的なロック・バンドの抽象的な伴奏を使いながら、透き通った声で朗々と歌い上げる、神秘的な雰囲気のミディアム・ナンバー。そして、これに続く、本作からのシングル・カット曲”Cranes In The Sky”は、生ドラムっぽい音色を使ったビートと、シンセサイザーをストリングスのように使った伴奏が上品な雰囲気を醸し出すアップ・ナンバー。こちらは、ソランジュの繊細で爽やかな歌声が、ラファエルが作る流麗なメロディの良さを引き立てる美しい楽曲だ。

この他にも、ドレイクやSBTKTなどを手掛けているサンファやクウェスが作る、トキモンスタを彷彿させる抽象的なビートと、淡々と歌うソランジュのヴォーカルが心地よいアップ・ナンバー、”Don't You Wait”や、ドラム・シンセによる、冷たい手触りのビートと、耳元で優しくも語り掛けるような、柔らかさと明確な輪郭が心に残るミディアム”Don't Touch My Hair”など、往年のソウルから現代のロックやエレクトロ・ミュージックまで、色々な音楽の要素を出し入れして、彼女の透明で繊細だが芯の強いヴォーカルの持つ、多彩な表情を引き出している。

本作では様々なジャンルの実力に定評のあるミュージシャンを集め、従来のR&Bの枠に囚われない、バラエティ豊かな楽曲に取り組んでいる。その路線は、前作『Sol-Angel And The Hadley St. Dreams』や、フランク・オーシャン、ウィークエンドといった、2010年代の音楽シーンを牽引する、気鋭のR&Bシンガー達の作風の延長線上にあるものだと思う。だが、本作が大きく違うのは、ソランジュは自身の繊細で透き通った声をフルに活用していることだろう。自分の歌声を念頭に置いて、似合うスタイルを取捨選択しながら、色々な作風の楽曲に取り組むことで、斬新でありながら一貫性を感じさせる作品に纏め上げられたのだと思う。

個人的な憶測を言えば、彼女は、世間から「ビヨンセの妹」目で見られ続けたことで、誰よりも自身のスタイルを意識するようになり、結果として、姉や他のミュージシャンとは違う、独自の作風を確立することに成功したのだと思う。様々な音楽が混ざり合い、新しいサウンドが生まれていく2010年代を象徴する傑作だと思う。

Producer
Solange, Raphael Saadiq, Troy R8dio Johnson etc
Track List
1. Rise
2. Weary
3. Interlude: The Glory Is In You
4. Cranes In The Sky
5. Interlude: Dad Was Mad
6. Mad feat. Lil Wayne
7. Don't You Wait
8. Interlude: Tina Taught Me
9. Don't Touch My Hair feat. Sampha
10. Interlude: This Moment
11. Where Do We Go
12. Interlude: For Us By Us
13. F.U.B.U. feat. The Dream & BJ The Chicago Kid
14. Borderline (An Ode To Self Care) feat. Q - Tip
15. Interlude: I Got So Much Magic, You Can Have It feat. Kelly Rowland & Nia Andrews
16. Junie
17. Interlude: No Limits
18. Don't Wish Me Well
19. Interlude: Pedestals
20. Scales feat. Kelela
21. Closing: The Chosen Ones





A SEAT AT THE TABLE
SOLANGE
COLUMBIA
2016-11-18