2007年にライトスピード・チャンピオン名義で発表したシングル『Galaxy Of The Lost』でソロ・デビュー。その後、複数の名義で6枚のアルバムを発表している、ロンドン出身のシンガー・ソングライター、デヴ・ハインズ。彼にとって、ブラッド・オレンジ名義の録音としては、2014年に発表されたアメリカ映画『パロ・アルト』のサウンドトラック以来、オリジナル・アルバムとしては2013年の『Cupid Deluxe』以来となる新作が、イギリスのインディペンデント・レーベル、ドミノから発表された。

パンク・ロックやソウル・ミュージック、エレクトロ・ミュージックを飲み込んだ独特の音楽は、以前から熱心な音楽ファンの間で注目を集めてきた。それと同時に、彼の先鋭的な作風はミュージシャンからも高く評価されており、ベースメントジャックスやケミカル・ブラザーズ、カイリー・ミノーグなどは、自身の作品に彼を起用するようになっていた。

そんな彼にとって、大きな転機となったのは、2012年に発売されたソランジュのEP『True』をプロデュースしたことだろう。2008年のアルバム『Sol-Angel and the Hadley St. Dreams』で、モータウン・サウンドやロックを取り入れた楽曲を披露し、姉ビヨンセとは異なる独自のスタイルを確立した彼女にとって、色々なスタイルの音楽を取り込んだ彼の音楽性は、自分が求めるジャンルレスなスタイルを体現したものだったのだと思う。

そして、同作の成功で名を上げた彼は、2013年に『Cupid Deluxe』を発表。このアルバムは、ピッチフォークやステレオガムなどのメディアで絶賛されると同時に、彼のソロ・アルバムでは初めてビルボード・チャートに入るなど、大躍進を象徴するものになった。

その前作から3年ぶりとなる『Freetown Sound』は、前作の路線を踏襲しながら、雑駁な趣味と緻密な構成に磨きをかけた傑作。

アルバムが発売される前年にステージで披露された”Hadron Collider”は、ネリー・ファータードをフィーチャーした、神秘的なスロー・ナンバー。鼻声のような癖のある歌声が魅力のネリーから、アメール・ラリューのように透き通ったヴォーカルを引き出した、彼の慧眼を裏付ける1曲だ。

このほかにも、80年代のロック・バンドが演奏しそうなシンセ・ドラムによる8ビートを使いつつ、音響技術を駆使して幻想的な雰囲気に仕立てたギターやキーボードを組み合わせた伴奏と、飄々と歌うデヴのヴォーカルが不思議な空気を放つアップ・ナンバー”Augustine”や、ガラス細工のように繊細で無機質な声が素敵な、ロスアンジェルス出身の女性R&Bシンガー、エンプレス・オブがDAFを彷彿させる電子楽器を多用したロック風のトラックの上で、淡々と歌い上げるアップ・ナンバー”Best to You”など、色々なスタイルを取り込みつつ、曲の方向性に合わせて、必要な要素だけを組み合わせた。複雑だが親しみやすい曲が並んでいる。

彼の作品を聴いていて常々感じるのは、彼の視野の広さと、吸収した音楽を引用、編集するセンスの良さだ。

このアルバムに限って言えば、電子ドラムなどの楽器の音色は、ドナルド・フェイガンやA-haのような80年代に流行したシンセサイザーを多用したロック・ミュージシャンにそっくりだし、リバーブの使い方はビヨークやレディオヘッドの影響が見え隠れする。また、ファルセットを多用した、しなやかなヴォーカルはマックスウェルやロビン・シックに似ていると言ってもいいかもしれない。

だが、彼はどれだけ多くの音楽を引用しても、誰かのフォロワーになることなく、独自のスタイルを確立している。それは、彼が単なる引用ではなく、楽曲に必要な要素だけを抜き出し、自分のセンスで解釈し、組み込んでいるからだと思う。

例えば、”Augustine”のビートは80年代に流行した、電子ドラム風の音色を使っている。一方、ギターなどの伴奏はエフェクターを駆使したレディオヘッドやゴリラズのスタイルを踏襲したものだ。また、その上に乗っかるヴォーカルは、70年代のソウル・シンガーっぽい洗練されたものと、時代もジャンルも異なる色々な音楽の要素を引用している。

このように、彼の音楽はゼロから創造したのではなく、過去の音楽を吸収しつつ、巧みに抜き差しすることで、自分独自の音楽に編集したものだと思うし、その選択、編集能力が彼の最大の武器なのだと思う。

それは、サンプリングでも顕著で、ジャズ・ベーシスト、チャールズ・ミンガスがピアノを演奏した”Myself When I Am Real”を編集し、自分の演奏と組み合わせて仮想デュエットに仕立てた”By Ourselves”のほか、1990年のドキュメンタリー映画『Paris Is Burning』のセリフや効果音を組み合わせてドラマ風の楽曲に仕立てた”Desiree”、デ・ラ・ソウルの”Stakes Is High”からホーンのフレーズを抜き取って、テンポを落とした上でロマンティックなバラードに組み込んだ“Thank You”のように、有名な音楽や映画から抜き出した音を加工して、原曲とは全く違うタイプの曲の部品として、違和感なく組み込んでいる。

よく考えてみれば、いまや世界中の人が、人種や国籍に関係なく色々な音楽を聴くことができる時代。白人のラッパーが世界を席巻し、アジア出身のメタル・シンガーが活躍するように、パンク・ロックやエレクトロ・ミュージックから影響を受けた黒人シンガーが登場するのは必然なのかもしれない。色々な音楽が自由に交わり、新しい音楽を生み出す21世紀。それを象徴するクリエイターだと思う。

Producer
Dev Hynes

Track List
1. By Ourselves
2. Augustine
3. Chance
4. Best to You
5. With Him
6. E.V.P.
7. Love Ya
8. But You
9. Desiree
10. HandsUp
11. Hadron Collider
12. Squash Squash
13. Juicy 1-4
14. Better Than Me
15. Thank You
16. I Know
17. Better Numb





Freetown Sound
Blood Orange
Domino
2016-08-19