サーラ(旧名:サーラ・クリエイティブ・パートナーズ)の後ろ盾で音楽業界に入り、自身の作品を録音しながら、トキモンスタやMED&マッドリヴといった、西海岸出身の人気アーティストの作品に数多く参加してきた、カリフォルニア州ヴェンチュラ出身のシンガー・ソングライター、アンダーソン・パック。彼にとって、2014年の『Venice』以来となる2枚目のフル・アルバムがこの『Malib』だ。

前作が発売されてからの2年間は、彼にとって大きな飛躍の時期だった。一つ目のきっかけは、2015年にドクター・ドレの16年ぶりのオリジナル・アルバム『 Compton』にソングライター兼ヴォーカリストとして参加したこと。若手のシンガーとしては異例の16曲中9曲に関わる大抜擢で、20歳以上も年の離れた西海岸を代表する大物プロデューサーの作品に、若い感性を注ぎ込んだことで話題になった。また、このことは彼の知名度を一気に高めただけでなく、その後のメジャー・レーベルでの仕事や、有名プロデューサーとの共作のきっかけになったことも見逃せない。もう一つのきっかけは、同じ年にフィラデルフィア出身のDJ兼プロデューサーのノウレッジと結成したユニット、ノーウォーリーズの名義でEP『Link Up & Suede』を発表したこと。これまで、セルフ・プロデュースの楽曲や電子音楽が得意なミュージシャンと組むことが多かった彼が、レコードからサンプリングしたフレーズを多用した、東海岸風のヒップホップのトラックを乗りこなした同作は、新しい音が好きな人々だけでなく、90年代のようなスタイルのヒップホップを好む層にもに彼の存在を知らしめた。

今回のアルバムは、DJノーバディやトキモンスタなどの西海岸のアンダーグラウンド・シーンを拠点に活躍するミュージシャンと制作した前作から一転、9thワンダーやDJカリルなどの人気ミュージシャンをプロデュースしているトラック・メーカーが集結し、ザ・ゲームやタリブ・クウェリなどの売れっ子ミュージシャンが客演するなど、大物ミュージシャン顔負けの豪華な布陣で録音している。

アルバムからの先行リリースである”The Season | Carry Me”は、9thワンダーがプロデュースしたミディアム・ナンバー。冨田勲の”Peer Gynt: Solvejg's Song”やクラウンズ・オブ・グローリーの”Ain't No Sunshine”などをサンプリングしたトラックの上で、しゃがれ声を張り上げる泥臭い楽曲。9thワンダーが関わった曲の中では珍しい、音数を絞って、音と音の隙間を意識させる、シンプルだが味わい深いトラックが強く印象に残る。

この他には、マッドリヴが手掛ける、サーラっぽい抽象的なトラックの上で、モータウンに所属するシカゴ出身のシンガー・ソングライターBJザ・シカゴ・キッドとのデュエットを聴かせるミディアム “The Waters”も面白い。爽やかな歌声のBJと、渋い声のパックという好対照な二人が、マッドリヴの手掛ける前衛的なビートの上で一つに纏まる光景は見逃せない。

それ以外の曲では、ケンドリック・ラマーなどの作品を手掛けている、ライクことガブリエル・スティーブンソンがプロデュースを担当、ザ・ゲームがラップで参加した”Room In Here”や、ハイ・テックがプロデュースした”Come Down”などが存在感を発揮している。前者は、メロウなピアノのフレーズとソンヤ・エリスのみずみずしい歌声を効果的に使った、切ない雰囲気のトラックの上で、むせび泣くような物悲しい歌を聴かせるミディアム・ナンバー。淡々と言葉を放つザ・ゲームのラップが感傷的な楽曲を適度に引き締めている点は面白い。また、後者はモス・デフの”Oh No”を彷彿させる生楽器の音色を活かしたジャズっぽいトラックの上で、ほとんどラップと過言ではない、荒っぽいメロディを聴かせるファンキーな楽曲。パック自身はカリフォルニアの出身だが、古いレコードをサンプリングしたニューヨークのヒップホップとも相性がよいことに気づかせてくれる。後にア・トライヴ・コールド・クエストの作品に招聘されることを予見したような1曲だ。

個人的な感想を言うと、このアルバムではR&Bの世界に流れる二つの潮流が上手く混ざり合っているように映った。一つの流れは、ディアンジェロやエリカ・バドゥのような、トラックなどにヒップホップの要素を盛り込みつつ、曲全体で昔のソウル・ミュージックの面影も感じさせるミュージシャン達。もう一つは、フランク・オーシャンやソランジュのような、R&B以外の色々な音楽の要素を取り入れて、ポピュラー・ミュージックとしての新鮮さも両立するミュージシャン達だ。9thワンダーやハイ・テックが作る泥臭いビートは前者の要素が強く反映されたものだし、淡白な歌声のソンヤ・エリスを起用した曲やマッドリヴ作のリズム・マシンを使った抽象性が高いビートは後者の作風だ。しかし、いずれの曲も片方に寄ったものではなく、前者の曲ではパックの声の細さを、後者の曲では彼のしゃがれた声を強調して、耳障りのよさとドロドロとした雰囲気をきちんと両立している。

フランク・オーシャンの登場以降、色々なジャンルのミュージシャンと組んで斬新な曲を生み出すことが、R&Bの世界ではある種の流行になっている。だが、このアルバムは、その流行に逆らうかのように、ヒップホップのプロデューサーを起用しながら、他のミュージシャンにも負けない新鮮な楽曲を作り上げている。鋭敏な感性で、実績豊かなクリエイターの隠れた一面を巧みに引き出した才能は今後も目が離せない。人工知能や機械学習など、コンピューターの可能性が各所で言及された2016年に、人間同士の共同作業が持つ可能性を再認識させてくれた傑作だと思う。

Producer
Adrian L. Miller, Ketrina "Taz" Askew, Kevin Morrow

Track List
1. The Bird
2. Heart Don't Stand A Chance
3. The Waters feat. BJ The Chicago Kid
4. The Season | Carry Me
5. Put Me Thru
6. Am I Wrong feat. ScHoolBoy Q
7. Without You feat. Rapsody
8. Parking Lot
9. Lite Weight feat. The Free Nationals United Fellowship Choir
10. Room In Here feat. The Game & Sonyae Elise
11. Water Fall interluuube
12. Your Prime
13. Come Down
14. Silicon Valley
15. Celebrate
16. The Dreamer feat. Talib Kweli & Timan Family Choir




Malibu
Anderson Paak
Imports
2016-01-22