フランク・オーシャンやタイラー・ザ・クリエイターを擁するロス・アンジェルスのヒップホップ・クルー、オッド・フューチャーの一員として活動する一方、同じクルーのメンバーでもある、プロデューサーのマット・マーシャンズと結成したバンド、ジ・インターネットの名義で3枚のアルバムをリリース。うち2015年に発表した『Ego Death』はグラミー賞のベスト・アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門にノミネートするなど、既に活発な動きを見せている、ロス・アンジェルス出身のシンガー・ソングライター、シド・ザ・キッド(Syd Tha Kyd)ことシドニー・バレット。彼女にとって、初のソロ作品となるアルバムが、この『Fin』だ。

ジ・インターネットのアルバムを配給したコロンビアから発表した本作。発売時期(2017年2月上旬)が時期だけに、どうしても本作の1週間前にリリースされたマットのアルバム『The Drum Chord Theory』と比べてしまうが、あちらは制作や演奏も彼自身が担当した、コアなファンが対象の配信限定の自主制作盤。一方こちらは、ヒット・ボーイやジ・インターネットのスティーヴ・レイシーなど、複数のプロデューサーを起用して、幅広い層にアピールすることを狙ったメジャー配給の作品と、しっかり差別化している。

ジ・インターネット名義の作品や彼女の客演曲でも感じたことだが、シドのヴォーカルはアリーヤやアメール・ラリューを彷彿させる透き通った歌声と繊細な表現が持ち味で、メアリーJ.ブライジやビヨンセのような感情をむき出しにした泥臭い歌唱とは対極的なもの。本作では、そのヴォーカルと、自身や外部のプロデューサーを起用した多彩なトラックを組み合わせ、アーシーなソウル・ミュージックとも、洗練されたR&Bとも異なる、独自の作品を聴かせてくれる。

アルバムのオープニングを飾る”Shake 'Em Off”は、ヘビーなドラムの上にクリック音などの電子音を重ねたビートに乗せて、気怠そうな歌を聴かせるミディアム・ナンバー。電子音楽ともヒップホップとも異なる、シンプルだが癖のあるトラックと、彼女のひんやりとした肌触りの歌声の相性の良さが光っている。

続く、”Know”は、シドの歌い方がアリーヤの”One In A Million”に良く似ている、ファルセット中心の爽やかなヴォーカルが印象的な曲。ジ・インターネットの『Ego Death』にも参加しているニック・グリーンが作るトラックは、90年代のティンバランドやジャーメイン・デュプリを思い起こさせる変則ビート。曲の背後でふんわりと響き渡るシンセサイザーの音が幻想的な雰囲気を醸し出し、彼女の神秘的な歌声を引き立てている。

これ以外の曲では、アルバムからシングル・カットされた”All About Me”も面白い。”Know”と同じ、90年代のティンバランドが作りそうな変則ビートを取り入れた曲だが、こちらではいわゆるチキチキ・ビートを使っている。スティーヴ・レイシーがプロデュースしたこの曲は、変則ビートにホラー映画が使いそうな不気味なシンセサイザーのリフを組み合わせたトラックと、シド自身のペンによるラップ風のメロディを組み合わせたドレイクっぽい曲調のミディアム。取り入れている要素は過去のヒット曲で使われているものなのに、組み合わせ方ひとつで、斬新に聴こえる好事例みたいな曲だ。

また、上の3曲以外で絶対に聞き逃せないのは”Smile More”と”Body”の2曲。前者は、彼女自身が手掛けたミディアムで、本作の収録曲では珍しい、リズム・マシンを使った90年代のヒップホップっぽいドラムとシンセサイザーの伴奏を組み合わせたムーディーなビートの上で、色っぽい歌声を聴かせている、シンプルだが味わい深い曲。シンプル過ぎて言葉で表すのが難しいが、ジャスティン・スカイの『8 Ounces』エイジアンの『Love Train』などに収められてそうな、メジャー向けの洗練されたトラックの上で、ネットリと歌うロマンティックな曲と思ってもらえればありがたい。一方、後者はビヨンセの2016年作『Lemonade』に収録された”Sorry”などを手掛けている、メロXがプロデュースしたミディアム・バラード。シンセサイザーを駆使した重いビートとひんやりとした伴奏は他の曲と似ているが、ヴォーカルやバック・トラックの響き具合を調整して、彼女の歌声をより神秘的なものに仕立て直したテクニックが素晴らしい、本作の目玉だ。

こうやってオッド・フューチャー関連の作品を聴き比べてみると、彼らの作品はヒップホップやR&Bだと自認しつつ、ヒップホップの形式には執着していないように思える、ロックや電子音楽のエッセンスを取り入れたフランク・オーシャンの『Blondie』にしろ、色々な音楽の要素を取り込んだマットのアルバムにしろ、ヒップホップの核となる歌やラップ、ビートには拘りを持っていても、使う音色の種類や演奏形態、目指す声質等は自分の個性を重要視し、制作現場では必要なものや似合うものを選別して、自分達の作品に落とし込んでいるように思える。そういう性質のクルーに所属している彼女だからこそ、奇抜なのに、不自然さがない、本当の意味で個性的な作品に仕上げられたんだと思う。

彼女がオッド・フューチャーを越えて、どこまでいけるのかは、このアルバムを聴く限り未知数だが、まだ見せてない伸びしろが沢山あるように感じられた、そんな将来への期待も含めて、凄く面白いアルバムだ。

Producer
Syd, Hit-Boy, Melo-X, Steve Lacy etc

Track List
1. Shake 'Em Off
2. Know
3. Nothin to Somethin
4. No Complaints
5. All About Me
6. Smile More
7. Got Her Own
8. Drown in It
9. Body
10. Dollar Bills
11. Over
12. Insecurities





Fin
Columbia
2017-02-24