”Suga Suga”などのヒット曲を持つベイビー・バッシュや、2017年に初のカヴァー・アルバム『Malik』を発表したマリクなど、チカーノ(メキシコ系アメリカ人)好みのヒップホップやR&Bに強いロス・アンジェルスのインディー・レーベル、サイレント・ジャイアント。同レーベルに所属する女性シンガー、ララ・ロメロことキャシー・ロメロの新作が、配信限定で発売された。

ロス・アンジェルスに生まれ、ラティーノの多い環境で育った彼女は、早い時期から音楽で自分の思いを表現したいと考えていたようだ。ハイスクールを卒業後、レーベルと契約し、ガールズ・グループやソロでの活動も準備していたが、方向性の違いもあり、具体的な成果には結びつかなかった。

だが、その後、自身のマイスペースで楽曲を発表したところ、ヒップホップとラテン・アメリカ系アメリカ人の音楽の要素を取り込んだ音楽性が地元のラジオ局などの注目を集め、レコード会社との契約に至った。

プライオリティと契約した彼女は、デビュー・シングル“Homegurlz”のビデオがMTVのラティーノ向けチャンネルのチャートで1位を獲得。その後も順調にヒットを飛ばしながら、2012年には現在のレーベルに移籍、自身の名義では初のアルバムとなるEP『After Laughter』をリリースする。  そして、今回のアルバムは、彼女にとって通算2枚目、フル・アルバム(ミックステープという説もある)としては初めての作品。アフリカ系アメリカ人や、アングロサクソン系アメリカ人とは一味もふた味も異なる、ラティーノ(というかチカーノ)の趣味が反映されたR&B作品になっている。

アルバムの1曲目、タイトル・トラックでもある”Palm Tree Dreams”は、なんとドクター・ドレの”Nothin' But a G Thang” をサンプリングしている(つまりリオン・ヘイウッドの”I Want'a Do Something Freaky to You”の孫引き)。スヌープ・ドッグの飄々としたラップで有名な冒頭のフレーズをしっかりと引用しつつ、そこから自分の作品の世界へと引き込んでいくセンスと度胸は圧巻の一言だ。また、楽曲の前半では淡々と歌っていた彼女が、後半になるとしっかりと声を張り上げるなど、シンガーとしての実力をアピールしている点も面白い。

また、この後もチカーノ好みのスウィート・ソウルを色々な形で引用したR&Bが続く。例えば”Potential”では、甘く、ロマンチックなトラックをバックに可愛らしい声で歌ったと思いきや、”Crash”では、サンプリング元からヴォーカル部分も引用し、仮想デュエットのように仕立てたり、”Cry Baby”では、自分の声を幾重にも重ね合わせて、疑似コーラス・グループのように聞かせたりと、様々な手法で、スウィート・ソウルと現代のR&Bやヒップホップの融合に取り組んでいる。

その極地ともいえるのが、シングル・カットされた”God Forgive Me”と、”Hennessey & Regret”だ。甘いコーラスから始まる前者は、モニカを殺伐とさせたような、ストリートの空気と香水の匂いが同居した歌唱が目立つミディアム。一昔前のデス・ロウが作りそうで作らなかった、ギャングっぽさと甘くロマンティックなトラックの共存が心地よい佳曲だ。一方、甘酸っぱいヴォーカルと、元ネタの加工を最小限に抑えたソウルフルなトラックが気持ちいい後者は、チカーノ系R&B界のアイコンとしての彼女を最大限アピールした、魅力的なバラード。この曲に限ったことではないが、マニアックなソウル・ミュージックを引用しながら、若者の鑑賞に堪えうる作品に落とし込むチカーノ・ヒップホップのクリエイター達の才能と努力には頭が下がるばかりだ。

今回のアルバムは、「ラテン」や「チカーノ」というキーワードを外して考えると、非常に希少で面白い作品だと思った。”Palm Tree Dreams”に代表される、往年のヒップホップやソウル・ミュージックの名曲を、原曲の形を留めたまま引用し、自分の世界に取り込むスタイルは、心なしか最近少なくなったと思う。もちろん、ナズやカニエなど、サンプリングを取り入れるアーティスト自体は少なくないが、多くの場合、サンプリングは一部の引用レベルで、原曲を大きく加工せず、作品の骨格レベルに組み込むケースは、限りなく少数だ。その背景には、著作権の管理や手続きの簡便化など、サンプリングを取り巻く環境の変化もあるのだろうが、それを踏まえても非常に面白い作品だと思う。

使えるリソースに限りのあるインディー・レーベルという環境と、チカーノを含むラテン・コミュニティの趣味趣向を飲み込んだ結果生まれた、ローカル・レーベルならではの、メロウで怪しげなR&B作品。これが全国区のヒットになったら大変なことになるけど、地方色豊かなR&Bとしていつまでも残ってほしいな。

Track List
1. Palm Tree Dreams
2. Potential
3. Crash
4. Cry Baby
5. Who's Playing Who
6. God Forgive Me
7. Hennessey & Regret
8. Back in the Day
9. Angels in the City feat. King Lil G, Reverie
10. Bullets
11. After Laughter