2000年代序盤からロス・アンジェルスを拠点に活動しているプロデューサーでビート・メイカーのエズラ・ルービン。これまでにケレラの”The High”やボーイズ・ノイズの”Femme Litre”を手掛けてきた彼が、自身のソロ・プロジェクト、キングダムの名義では初となるフル・アルバムをリリース。

本作では、2017年のアルバム『Fin』の傑出した収録曲も記憶に新しいオッド・フューチャー、ジ・インターネットのシドや、2014年のEP『Z』が配信限定にも関わらず多くの音楽ファンから注目を集めたSZAなど、熱心な音楽愛好家の間では評価の高い、実力派ミュージシャンが参加したヴォーカルもの。シンセサイザーを多用したエズラのトラックは、ゲストのクールで透き通った歌声と相まって、神秘的なムードを醸し出している。

アルバムの1曲目”What Is Love”はSZAをヴォーカルに起用したミディアム・ナンバー。ジ・インターネットの『Ego Death』を彷彿させるシンセサイザーを多用したトラックの上で、ミニー・リパートンを思い起こせる繊細で透き通った歌声を響かせるスタイリッシュな楽曲。エズラの作るビートは複雑で奇抜なものだが、それを感じさせない緻密さと一体感が印象的だ。彼女はもう1曲”Down 4 Whatever”にも参加しているが、こちらは90年代後半に流行したチキチキというビートに、シンセサイザーの伴奏を組み合わせたトラックをバックに、力強い歌を聴かせている。多くの言葉を複雑なメロディに組み込んだ曲は、”No Scrubs”の作者として有名なキャンディの楽曲を連想させる。

また、これ以外のヴォーカル・トラックでは女性シンガーのナジー・ダニエルをフィーチャーした”Each & Every Day”と、男性シンガーのシェイカーが参加した”Breathless”の2曲が特筆すべき存在だ。2人は本作が初めてのレコーディング作品ということで、手に入る情報が限られているが、収録された2曲を聴く限り、実力はエズラのお墨付きのようだ。まず、ナジー・ダニエルだが、こちらはネリー・ファータードの声を少しスマートにしたような癖のある歌声で、東南アジアの民族音楽に触発されたようなメロディがよく似合っている。彼女のヴォーカルを軸に、複数のドラム音、パーカッション音を組み合わせた複雑なビートを聴かせた”Each & Every Day”は、「アメリカ人が抱くアジア音楽のイメージ」を西洋の電子音楽の技術を用いて具現化したようで大変興味深い。一方、シェイカーがヴォーカルを担当した”Breathless”は、ロビン・シックやホセ・ジェイムスの系譜に近いスタイリッシュな歌唱と、R&Bではあまり使わないタイプの、個性的な電子音を使ったビートを使ったシンプルだが癖のあるトラックが面白いアップ・ナンバー。エレクトロ・ミュージックの技術を駆使してR&Bを作ると、斬新な音楽が生まれるのかと関心してしまう名曲。

だが、本作の目玉といえば、やはりシドがヴォーカルを担当した”Nothin”だろう。『Fin』でも聴かせてくれたシドのクールな歌声と、シンセサイザーを駆使して作られたシックなトラックが上手くマッチした、しっとりとした雰囲気のミディアム・ナンバー。『Fin』に収録されていた”Body”を聴いたときも同じことを感じたが、彼女の透き通った歌声には、電子楽器を使ったシンプルなトラックがよく似合うと思う。同曲のリミックスが11曲目に入っているが、こちらはオリジナル程ではないが、魅力的。

今回のアルバムは、ゲスト・ヴォーカルの面々によるものが大きいと思うが、全般的にR&B、ヒップホップのリスナーを意識した楽曲が目立っている。インストゥメンタルの楽曲でも、”Nurtureworld”や”Tears in the Club”などはその傾向が顕著だが、他の曲でも同様の傾向が見られる。これまでに彼が携わってきた録音が必ずしもヒップホップやR&Bの楽曲ではなかったことを考えると、彼は自分の感性や技術、ヴォーカルのイメージや個性を勘案しながら、今回の作品に落とし込んだのかもしれない。

個人的には、電子音楽やロック出身のクリエイターが生み出すR&Bには、ソウルやR&Bを聴いて育ったミュージシャンが見落としがちな音色やフレーズ、構成が取り入れられていてとても面白い作品が多いと思っている。その点、今回のアルバムは、エレクトロ畑出身のキングダムらしい、斬新な音色と「間」の使い方が随所で見られて、非常に新鮮だった。R&Bをマンネリと感じている人にこそ聴いてほしい、適度に斬新な作風が魅力の佳作だ。

Producer
Kingdom

Track List
1. What Is Love feat. SZA
2. Each & Every Day feat. Najee Daniels
3. Nurtureworld
4. Breathless feat. Shacar
5. Tears in the Club
6. Haunted Gate
7. Nothin feat. Syd
8. Into the Fold
9. Timex
10. Down 4 Whatever feat. SZA
11. Nothin feat. Syd (Club Mix)
12. Down 4 Whatever (Instrumental) (Vinyl Only)