2000年にカレッジ・レコードからリリースしたアルバム『Venice Down』でデビュー。その後は、自身のレーベルから複数の作品を発表する一方で、ワックス・ポエティックス・レーベルから発売された映画『Black Dynamite』のサウンド・トラックの制作や、"La La Means I Love You"などのヒット曲で知られるフィラデルフィアのベテラン・ヴォーカル・グループ、デルフォニックスとコラボレーションした『Adrian Younge Presents The Delfonics』や、ニューヨーク出身のラップ・グループ、ウータン・クランの一員で、ソウル・ミュージックに傾倒したトラックが多いことで有名なゴーストフェイス・キラーとの共作『Twelve Reasons To Die』(続編もあり)などを発表してきたロス・アンジェルス出身のプロデューサー、エイドリアン・ヤング。彼にとって、『Venice Down』以来となる、純粋な自身名義による作品。

いわゆるビート・メイカーやプロデューサーにカテゴライズされることの多い彼だが、ベースやキーボードの演奏から音楽の世界に入り、ガラントの『Ology』やビラルの『In Another Life』にもプロデューサーとして携わるなど、R&B、特にバンドの演奏を効果的に使ったオルタナティブR&Bの分野に強いクリエイター。今回のアルバムでもソウルに対する深い造詣を活かした泥臭いトラックを聴かせてくれる。

アルバムの実質的な1曲目"The Night"は一定のリズムを刻み続けるビートと、おどろおどろしい電子音を多用した上物の対称性が印象的なトラック。そこから、チェンバロっぽい音色のシンセサイザーを使った軽妙なメロディの"Fly Away"へと展開していくセンスが面白い。

一方、これに続く"Systems"は金属を叩いたようなキンキンとした音が特徴的なビートと、ギラギラとした音色のシンセサイザーを組み合わせた、妖艶で煌びやかなインストゥメンタル・ナンバー。電子楽器だけで音楽を作るミュージシャンは珍しくないが、ここまで多彩な音色を組み合わせるミュージシャンは非常に少ない。複数の楽器を使いこなしてきた彼ならではの作品だ。

また、映写機の回転音やカメラのフラッシュを思い起こさせる、規則的なリズムが印象的な"Voltage Controlled Orgasms"も気になる曲だ。こちらは、クラフトワークを連想させる、規則的な電子音と唸るようなシンセサイザーのリフが心地よい曲だ。

そして、何よりも見逃せないのは、終盤の"Black Noise"から"Patterns"、そして"Suicidal Love"へと繋がる展開だ。レッド・ツェッペリンのようなハード・ロックのバンドを想起させるワイルドなドラムを使ったビートの上で、ビヨビヨとなる歪んだ音色のシンセサイザーが複雑に絡み合う"Black Noise"に始まり、規則正しく刻まれる重低音が徐々にテンポをあげ、声ネタや色々な種類の電子音と絡み合う"Patterns"へと続き、シンセサイザーの音色を重ね合わせた不気味なハーモニーが印象的な"Suicidal Love"で締めている。その流れは、一流のDJが作るミックスCDのように自然だが、それぞれの楽曲は飛び抜けて強い個性を放っている。

このアルバムを聴いた時、真っ先に思い浮かんだのは、『Bitches Brew』や『On The Corner』などのマイルス・デイヴィスが70年代に録音した作品だ、エフェクターや電気楽器などを使って、新しい音色を取り入れた楽曲を作りつつ、それらを取りまとめて、一つのアルバムに落とし込む手法は、彼の音楽に通じるものがあると思う。また、豊富な音数の電子楽器から、奇想天外な音色の組み合わせを見出す姿は、クラフトワークやDAFのような黎明期の電子音楽家の手法を21世紀に蘇らせたもののように映る。

楽器と機材の両方を使いこなせるミュージシャンならではの、キャッチーなフレーズを生み出す才能と、リスナーの予想の裏をかく音色選びのセンスが光る佳作。インストゥメンタルだからって敬遠すると損するよ。

Producer
Adrian Younge

Track List
1. Black Noise (Interlude)
2. The Night
3. Fly Away
4. Systems
5. The Concept of Love
6. Voltage Controlled Orgasms
7. Linguistics
8. Black Noise
9. Patterns
10. Suicidal Love