1992年に、アップタウン・レコード初の女性シンガーとして、アルバム『What's the 411?』でメジャー・デビュー。同作からシングル・カットされた『You Remind Me』と『Real Love』が、2作連続でR&Bチャートの1位とゴールド・ディスクを獲得。その後も2016年までに11枚のオリジナル・アルバムと8枚の企画盤、全米総合チャートを制覇した”Family Affair”や、同R&Bチャートを制覇した”Be Without You”など、多くのヒット曲を残してきた、ブルックリン出身のシンガー・ソングライター、メアリーJ.ブライジこと、メアリー・ジェーン・ブライジ。

このように書くと、順調満帆なキャリアを歩んでいるように見えるが、彼女は常に、新作にかかる期待の大きさや、次々に登場する新人ミュージシャン達、類稀な歌声を持つシンガー故のマンネリ化の危機と戦ってきた。その苦悩を伺わせる一端として、これまでにも、ソロ・デビュー作『The Miseducation of Lauryn Hill』がグラミー賞を総なめにした直後のローリン・ヒルが制作した”All That I Can Say”や、カリフォルニア州コンプトン出身のプロデューサー、ドクター・ドレを招聘した”Family Affair”、デビュー・アルバム『In the Lonely Hour』が各国のヒットチャートで1位を獲得していたロンドン出身のシンガー・ソングライター、サム・スミスがペンを執った”Therapy”などをシングル曲として発表。従来の彼女の音楽性からはイメージしづらい、意外な人物とのコラボレーションで私達を驚かせてきた。

そして、今回のアルバムは、前作『The London Sessions』以来、約3年ぶりとなるオリジナル・アルバム。

アルバムからシングル・カットされた3曲のうち”Thick of It”については過去に触れているので、残りの2曲について説明すると、アルバムの1曲目に収められている”Love Your Self”はダリル・キャンパーがプロデュース。フィーチャリング・アーティストにカニエ・ウエストを起用したミディアム・ナンバー。60年代から70年代初頭にかけて、2枚のアルバムをチェスから発表している、SCLCオペレーション・ブレッドバスケット・オーケストラ&クワイアの”Nobody Knows”をサンプリングしたこの曲は、勇壮なホーンの演奏を核にした荘厳なトラックと、キャリアを重ねる中でますますパワフルになったメアリーの歌声がぶつかり合う、ダイナミックな楽曲。50セントの”I Don't Need 'Em ”やゴーストフェイス・キラーの”Metal Lungies”で使われてる有名なサンプリング・ソースに新しい解釈を吹き込んだダリル・キャンパーの制作技術にも注目してほしい。余談だが、今後の動向が気になるカニエ・ウエストのパフォーマンスもいい味を出している。

そして、もう一つのシングル曲”U + Me (Love Lesson)”は、アッシャーの2016年作『Hard II Love』に収められている”No Limit ”や、ニーヨの2015年作『No Limit』に入っている”Congratulations ”などを手掛けてきたブランドン・ホッジがプロデュースを担当。こちらは、シンセサイザーの甘い音色を軸にしたロマンティックなミディアム・バラード、力強い歌声を聴かせることが多いメアリーに、艶めかしいメロディを歌わせるブランドンの作曲スキルと、一つの曲の中で色々な表情を見せるメアリーの歌声が聴きどころ。色々なタイプの楽曲を自分のものにしてきた彼女の強みが発揮された作品だ。

それ以外の曲に目を向けると、カナダ出身のクリエイター、ケイトラナダと同国出身のファンク・バンド、バッドバッドノットグッドがプロデュースした”Telling The Truth”が面白い。ケイトラナダらしい、シンセサイザーを駆使した浮遊感のあるトラックと、バンドの生演奏を混ぜ合わせたエレクトロ・ミュージックともソウル・ミュージックとも異なる不思議な雰囲気のトラックの上で、リズミカルに言葉を紡ぐアップ・ナンバー。サビを担当するケイトラナダのしなやかな歌声と、それ以外のメロディを担当するメアリーの芯が太いヴォーカルの対比も新鮮だ。

また、本作のタイトル・トラックである”Strength Of A Woman”は、ブランドン・ホッジとともに、テディ・ライリーがプロデュースを担当したミディアム・ナンバー。といっても、実際にはブランドン色の濃い楽曲で、甘くポップなメロディと、大地を揺らすような重いビートが格好良い楽曲。アレサ・フランクリンを彷彿させるパワフルな歌声を持ちながら、本作のような軽妙なメロディの曲では、絶妙な力加減で乗りこなしてみせるところが、彼女の歌の醍醐味だと思う。

今回のアルバムは、前作に比べると、コンピュータやサンプリングを多用した重厚なトラックの上でパワフルな歌唱を聴かせる、ビヨンセやリアーナの近作の手法を踏襲した、アメリカのR&Bの流行を素直に取り込んだ曲が目立っている。そういう意味では、原点回帰のようにも見えるが、色っぽいメロディに定評があるブランドン・ホッジや電子音楽畑出身のケイトラナダなど、新しいクリエイターと積極的に組むことで、過去の作品に親しんでくれたファンの期待を意識しつつ、音楽の幅を広げているように見える。

常に変化し続ける音楽、ヒップホップの女王という異名に違わない、着実かつ大きな進化を見せた作品。まだまだ後進に道を譲る気はなさそうだ。

Producer
Mary J Blige, Darhyl "DJ" Camper Jr., David D. Brown, Theron Feemster, Brandon "B.A.M." Hodge, Teddy Riley

Track List
1. Love Yourself feat. Kanye West
2. Thick Of It
3. Set Me Free
4. It's Me
5. Glow Up feat. DJ Khaled, Missy Elliott, Quavo
6. U + Me (Love Lesson)
7. Indestructible
8. Thank You
9. Survivor
10. Find The Love
11. Smile feat. Prince Charlez
12. Telling The Truth feat. Kaytranada
13. Strength Of A Woman
14. Hello Father




ストレングス・オブ・ア・ウーマン
メアリー・J.ブライジ
ユニバーサル ミュージック
2017-04-28