アマチュア時代から、英国のポピュラー音楽向けラジオ・チャンネル、BBCレディオ1の人気プログラム「ライブ・ラウンジ」に、番組史上初のレコード会社と契約していないアーティストとして出演したり、MOBOやアディダスが主催するオーディションで優勝したりと、完成度の高いパフォーマンスと豊かな才能を発揮してきた、イギリスはバーミンガム出身のシンガー・ソングライター。ジェイコブ・バンクス。

2013年には、サウス・ヨークシャー州のシェフィールドに拠点を置くレナウンド・レコードから、初の録音作品となるEP『The Monologue』を発表。ジョン・レジェンドを彷彿させるふくよかで柔らかい歌声と、オーティス・レディングを思い起こさせる泥臭いサウンド、サム・スミスを連想させるポップなメロディで、配信限定の作品ながら、ソウル・ファン以外の人々の間でも話題になった。

その後、2015年には2枚目のEP『The Monologue』をリリース。こちらは前作の路線を踏襲した作風で、前作同様、多くのリスナーの耳目を引いた。また、自身名義でのリリースと並行して、エレクトロニック・アーツ社の人気サッカー・ゲーム『FIFA15』のサウンドトラックへの楽曲提供や、イギリスのエレクトロ・ミュージック・プロダクション、チェイス&ステイタスの楽曲”Alive”への客演など、ジャンルの枠を超えて活躍の場を広げていった。

今回のアルバムは、2016年に契約を結んだインタースコープから発売された、彼のメジャーデビュー作。しかし、新しい舞台に移っても環境に飲み込まれることなく、自身の持ち味が存分に発揮した、本格的なソウル・ミュージックを聴かせている。

アルバムのオープニングを飾る”Chainsmoking”は、本作に先駆けて発表されたシングル曲。映画音楽のように荘厳なバック・トラックの上で、アンソニー・ハミルトンを連想させる武骨な歌唱を聴かせるミディアム・バラード。オーケストラのような伴奏が、荒々しい音色を響かせるギターや、彼の声を重ね合わせたコーラスが、楽曲に重々しい雰囲気を与えている。

続く”Part Time Love”は、ギターやダブル・ベースなどを使ったシンプルな伴奏に乗せて、朗々と歌う姿が印象的なミディアム・ナンバー。伴奏がシンプルな分、彼の歌声の豊かさや表現力が目立っている。気のせいかもしれないが、他の曲と比べると少し声が甘く聴こえる。パワフルな歌唱だけでなく、優しい雰囲気のヴォーカルも聴かせられることを示した佳曲だ。

そして、3曲目に収められた”Mercy”は、スピーカを揺らすような重いビートの上で、地声を軸にした強く、硬い歌声を聴かせるミディアム・ナンバー。シンセサイザーを使った低音中心の伴奏が、彼の力強い歌声を強調している。

また、4曲目の”Unholy War”は、ミュージック・ビデオも制作された、このアルバムの看板といっても過言ではない楽曲。厳かな雰囲気のピアノの演奏で幕を開けるこの曲は、ボビー・ウーマックを彷彿させる荒々しい歌声と、重厚な伴奏が格好良いミディアム・ナンバー。力強いドラムの音や重々しいシンセサイザーの音色が、現代の楽器を使っているにも関わらず、アル・グリーンやアン・ピーブルズの音楽のような泥臭いサウンドに仕上がっている点が面白い。

そして、アルバムの最後を飾るのが”Photograph”だ。伴奏に使われるギターやキーボードの音色は柔らかく、ジェイコブの歌声は恋人に語り掛けるように優しい、本作の収録曲の中では少し毛色の異なるミディアム・ナンバー。音楽性は全く異なるが、甘い歌い方は、ルーベン・スタッダードに少し似ていると思う。

彼の音楽は、泥臭い歌声と、キャッチーなメロディ、ヒップホップの影響を強く受けたバック・トラックを組み合わせたもので、ジョン・レジェンドやアンソニー・ハミルトン、ライフ・ジェニングスといった、2000年代にアメリカで台頭したR&Bシンガーのスタイルを踏襲したものだ。だが、彼の面白いところは、その手法を突き詰めながら、メロディやトラックの幅を広げている点だと思う。極端な言い方をすれば、彼はソウル以外の音楽に触手を伸ばしながら、ソウル・ミュージックを究めようとしているように見えるのだ。

よく考えれば、オーティス・レディングがローリング・ストーンズの”Satisfaction”を自分の色に染め上げたように、ソウル・シンガーやR&Bシンガーの先人達は、色々な音楽を貪欲に吸収して、私達を驚かせる名曲を残してきた。彼の音楽は、その伝統を継承し、新しいソウル・ミュージックの一歩を切り開こうとしているように映る。イギリス出身のミュージシャンによる、配信限定の作品だが、R&Bの歴史を変える一歩になり得る魅力的な作品だと思う。できれば、アナログ盤で聴きたいけど、出してくれないかなあ。

Track List
1. Chainsmoking
2. Part Time Love
3. Mercy
4. Unholy War
5. Photograph