60年代から主に裏方として活躍し、クワイエット・エレガンスやウィリー・クレイトンなど、名だたるシンガー達に楽曲を提供してきた、テネシー州メンフィス出身のシンガー・ソングライター、ドン・ブライアント。中でも、後に夫婦となるアン・ピーブルスに提供した”I Can't Stand The Rain “は、リズム・マシンを使ったモダンでしっとりとしたトラックと、妖艶なヴォーカルを活かしたメロディで、90年代に入ってからも、ミッシー・エリオットやウータン・クランなどにサンプリングされる名曲となった。

一方、彼自身のキャリアに目を向けると、60年代から複数のレーベルでシングル盤を発表。そして、69年には初のソロ・アルバム『Precious Soul』を、アル・グリーンやアン・ピーブルスなどの作品を世に送り出してきた、メンフィスに拠点を置く黒人音楽の名門、ハイ・レコードからリリース。マーヴィン・ゲイの”(You're A) Wonderful One”や、サム&デイヴの”Soul Man”、ジェイムズ・ブラウンの”Try Me”といった、ソウル・ファンにはお馴染みの名曲を熱く歌い上げ、多くの人に鮮烈な印象を残していった。

その後は、来日公演を経験するなど、人気アーティストの一人として精力的に活動するものの、79年にハイ・レコードが終焉を迎えると、それも停滞。90年代以降は、ゴスペル・アルバムなどをコンスタントに発売しているが、その規模は絶頂期に比べると小さなものであった。

そんな彼は、2016年になると37年ぶりの来日公演を敢行。往年の力強いヴォーカルが健在であることを日本のファンにアピールした。また、ライブの熱気も冷めやらぬまま、スタジオでの制作活動も再開。あの『Precious Soul』から、実に48年ぶりとなる、本格的なソウル・アルバムを録音した。

プロデュースは、ウィリアム・ベルの2016年作『This Is Where I Live』などに携わっているボー・キーズのスコット・ボマーと、R.L.バーンサイドやウォーター・ライアーズなどの作品で、エンジニア等を務めているブルース・ワトソンが担当。配給はR.L.バーンサイドやブラック・キーズなどのアルバムを配給している、ミシシッピ州オックスフォードのファット・ポッサム・レコード。演奏者には、ウィリー・ミッチェルの『On Top』でドラムを叩いたハワード・グライムスや、アルグリーンの『Let's Stay Together』で鍵盤楽器を担当していたチャールズ・ホッジ、モータル・ミラーズのジョン・ポール・キースなど、60年代、70年代のハイ・レコーズを支えてきた名手と、彼らの音楽を聴いて育った若いミュージシャンが一堂に会した、彼の新作にふさわしい豪華な顔ぶれになっている。

アルバムの1曲目は、O.V.ライトの代表曲としても知られる”A NICKEL AND A NAIL”。原曲よりもテンポを落とし、低音を強調したドラムやベースを軸にした演奏の上で、粘っこく歌うドンの姿は、O.V.以上に熱く泥臭いものだ。O.V.が歌うオリジナルが発表された頃は、彼の持つ強烈な声の力に気圧された人が多いと聞くが、本作のパフォーマンスはそれ以上の迫力を持っていると思う。

一方、3曲目の”IT WAS JEALOUSY”は、74年に発売されたオーティス・クレイのシングル『You Did Something To Me』のカップリング曲のセルフ・カヴァー。原曲と比べると、ギターやストリングスなどの中音域を分厚くし、より優雅でロマンティックなものに仕立て直している。ドンの歌声も、他の曲に比べると少し甘く、優しいものだ。歌手としては全く異なるタイプだが、甘く色っぽい歌声は、ハイ・レコーズを代表する名シンガー、アル・グリーンを連想させる。

また、スコット・ボマーとドンの共作であるタイトル・トラック”DON’T GIVE UP ON LOVE”は、しっとりとした伴奏と、哀愁を帯びた歌声が魅力のバラード。ホーンやストリングスをふんだんに使ったロマンティックなバンドを背に、聴き手を包み込むような優しい歌声を響かせるスロー・ナンバー。絶妙な力加減で、主役の歌声を引き立てるバンド・メンバーの演奏技術が心憎い。

そして、本作のハイライトと呼んでも過言ではないのが、アルバムに先駆けて発表されたミディアム・ナンバー”HOW DO I GET THERE”だ。オルガンをバックに熱い歌声を張り上げるオープニングから一転、『Precious Soul』の時代を思い起こさせる重厚なベースと力強いドラムをバックに、感情を剥き出しにした激しい歌を繰り出している。ダイナミックで荒々しいヴォーカルにもかかわらず、メロディが崩れないのは、経験を重ねたベテランのなせる業だろう。

今回のアルバムは、ハイ・レコードで活躍したベテラン・ミュージシャンや、彼らから影響を受けた若手アーティスト達を集め、生演奏の持つ響きと、彼の歌声を強調した、過去の作品以上に『Precious Soul』を意識した録音だと思う。だが、”A NICKEL AND A NAIL”や”IT WAS JEALOUSY”のカヴァーが象徴するように、彼自身が往年の名シンガーより遥かに年を重ね、音楽の作られ方や聴かれ方も原曲とは異なる時代に作られた本作は、アデルやメイヤー・ホーソンなどの成功で再び脚光を浴びている、60年代、70年代のソウル・ミュージックを意識しつつ、彼らと同じように、ソウル・ミュージックに慣れ親しんできたロック・ミュージシャンの手法を取り入れた、ライブ感溢れるシンプルなアレンジになっている。

往年のソウル・シンガーが持つ、豊かな声を活かしつつ、年月の重ねて身につけた老練な技と、色々な舞台を経験している新旧の名演奏達の高度な演奏テクニックが融合した、シンプルで無駄のない、だけど味わい深い作品。「ネオ」とは一味も二味も違う、本物のヴィンテージ・ミュージック味わいたい人に是非オススメしたい。

Producer
Scott Bomar, Bruce Watson

Track List
1. A NICKEL AND A NAIL
2. SOMETHING ABOUT YOU
3. IT WAS JEALOUSY
4. FIRST YOU CRY
5. I GOT TO KNOW
6. DON’T GIVE UP ON LOVE
7. HOW DO I GET THERE
8. CAN’T HIDE THE HURT
9. ONE AIN’T ENOUGH
10. WHAT KIND OF LOVE





ドント・ギヴ・アップ・オン・ラヴ
ドン・ブライアント
Hostess Entertainment
2017-06-07