70年代から80年代にかけて多くのヒット曲を残したシンガー、マルシア・ハインズを母に持ち、自身も早くからバック・コーラスやR&Bグループ、ロックメロンズなどの活動で頭角を現してきた、シドニー出身のシンガー・ソングライター、デニ・ハインズことデニ・シャロン・ハインズ。

90年代に入ると、オーストラリアのインディペンデント・レーベル、マッシュルーム・レコードと契約。同レーベルから96年に発表したソロ・デビュー曲”Imagination”と、同曲を収めたフル・アルバムが各国でヒットした。特に、アルバムはイアン・グリーンやマーティン・ウェアといった英国の有名プロデューサーを起用し、ロンドンで録音されたこともあり、UKソウルの傑作と評されることもあった。

その後は、2015年までに2枚の編集盤を含む5枚のアルバムを発売。2006年には母マルシアとのデュエット曲”Stomp”を発表して話題を読んだ。また、2008年以降はツアーと並行してテレビ番組などの仕事も担当。母同様、様々な分野で活躍していた。

そして、彼女にとって10年ぶりの新作となるこのアルバム。2006年にリリースしたジェイムス・モリソンとのコラボレーション作『The Other Woman』以来となる新作は、新旧のソウル・クラシックと、彼女が過去に発表した曲。そして新曲を含んだもの。オーストラリア国内のスタジオで、同国のミュージシャン達と録音した本作は、人間にしか出せない繊細な表現と、彼女のダイナミックな歌唱が光る本格的なソウル作品になっている。

アルバムのオープニングを飾るのは、テキサス州フォート・ワース出身のサックス奏者、キング・カーティスの67年のヒット曲”Memphis Soul Stew”と、ルーファス&チャカ・カーンが74年に発表した大ヒット曲”You Got The Love”のメドレー。ワイルドで泥臭いサウンドが魅力の前者で、往年のソウル・ミュージックを懐かしむ人達の心を惹きつけながら、洗練されたサウンドとパワフルなヴォーカルで彼女達の世界へと一気に引き込む構成に圧倒される。彼女の歌は、10年の時を経て、さらに進化したようだ。

そして、これに続く”What About Love”は、アルバムに先駆けて発表された彼女の新曲。力強いドラムの演奏から始まる曲は、スライ&ザ・ファミリー・ストーンの”Everyday People”を彷彿させる、軽快な演奏が心地よいアップ・ナンバー。ポップなメロディを力強い歌唱で本格的なソウル・ミュージックに生まれ変わらせるデニのヴォーカルも魅力的。

また、2017年にシングル化されたもう一つの新曲”I Got Your Back”は、彼女がロックメロンズ時代にカヴァーしたビル・ウィザーズや、彼と同じ時代に活躍したジャクソン5などを思い起こさせる、ポップで柔らかい音色の伴奏と、ふくよかで滑らかな歌声が心地よいミディアム・ナンバー。しなやかなメロディのR&Bや、パワフルな歌声を響かせるバラードが多かった彼女なので、この曲で見せるチャーミングな歌声はちょっと意外に感じる。

だが、本作の主役はなんと言ってもカヴァー曲。アレサ・フランクリンの”Rock Steady”や、その妹アーマ・フランクリンの”Piece of My Heart”といった、女性歌手が歌うソウル・クラシックから、ホイットニー・ヒューストンの”Exhale”や、ジル・スコットの”A Long Walk”のような、比較的最近のシンガーの曲、そして、マイケル・ジャクソンの”P.Y.T. (Pretty Young Thing)”やスティーヴィー・ワンダーの”Jesus Children of America”といった男性シンガーの曲まで、幅広く取り上げている。いずれの曲も、器用な歌唱と力強い歌声、彼女を支えるバンド・メンバーのテクニックが光っているが、この中でも特に強烈な印象を残したのが、マイケル・ジャクソン”P.Y.T. (Pretty Young Thing)”のカヴァー。2002年にモニカが”All Eyes On Me”でサンプリングで再び脚光を浴びた、ポップで軽快なダンス・ナンバーだが、彼女は原曲の雰囲気を損ねることなく。グラマラスな歌声でパワフルに歌い上げている。

今回のアルバムでは、ソウル・クラシックス、90年代以降のR&B、ポップス寄りの曲、そして自身の曲をバランスよく選んで、曲調にバラエティを持たせつつ、名うての演奏者達による伴奏で、楽曲に安定感と豊かな表情を与えている。そして、最大の強みは彼女のヴォーカル。デビュー当時から芯の強く、しなやかな歌声が魅力的だったが、ジャズに取り組むなど、キャリアを重ねる中で、その表現の幅は大きく広がり、ディープなソウル・ナンバーや軽快なディスコ音楽まで、あらゆる音楽を自分の色に染め上げられる技を獲得している。

年齢を重ねるごとに、新しい一面を見せ続ける、ベテラン・ディーヴァの本領が発揮された佳作。原曲を知る人にも知らない人にも楽しめる、新しいタイプのカヴァー・アルバムだ。

Producer
Insider Trading & Eddie Said

Track List
1. Memphis Soul Stew / You Got The Love
2. Rock Steady
3. What About Love [Album Version]
4. P.Y.T. (Pretty Young Thing)
5. I Got Your Back
6. Been So Long
7. Exhale
8. A Long Walk
9. Runnin'
10. Piece of My Heart
11. Jesus Children of America
12. If





ザ・ソウル・セッションズ
デニ・ハインズ
Pヴァイン・レコード
2016-11-16