1992年に、映画『Who's the Man?』のサウンド・トラックに収められている”Party and Bullshit”で華々しいデビューを飾った、ノートリアスB.I.G.ことクリストファー・ジョージ・レイトア・ウォレス。その後、1994年には、"Juicy"や"Big Poppa"などを収録したファースト・アルバム『Ready To Die』を発表。90年代を代表するヒップホップ・クラシックとして、様々なフォーマットで幾度となく再発された。また、それ以外にも、メアリーJブライジの”Real Love(Remix)”や、クレイグ・マックの”Flava in Ya Ear(Remix)”など、多くの曲に客演。彼の体型のような、ふくよかだが軽妙なラップで、聴く者に鮮烈な印象を残した。そして、1997年には、2枚目のアルバム『Life After Death』をリリース。こちらは最終的に、ダイアモンド・ディスク(売り上げ1000万枚を超える作品)に認定される、ヒップホップ史上屈指のヒット作になった。しかし、同年10月に凶弾で倒れ、帰らぬ人になる。だが、死後もその人気は衰えることなく、99年には『Born Again』を、2004年の『Duets: The Final Chapter』をリリースしている。

一方、フェイス・エヴァンスは90年代初頭からアルBシュアなどのバック・コーラスとして活動。そこでの活躍がショーン・コムズの目を惹き、彼が設立したバッド・ボーイ・レコード初の女性シンガーとして契約する。その後は、メアリーJブライジの『My Life』や、アッシャーのデビュー作『Usher』などに、ソングライターやバック・コーラスとして参加しながら経験を積み、95年にアルバム『Faith』とシングル『You Used To Love』でデビュー。その後は、2016年までに8枚のアルバムと多くのヒット曲を残している。

この二人は94年に結婚。一人の子供を儲けており、彼の生前には”One More Chance/Stay With Me”などでコラボレーションしているが、アルバム単位の共演は今回が初。ビギーのパートは既発曲からの引用で、そこにフェイス・エヴァンスが新しいヴォーカルを追加した、疑似デュエット作品になっている。

アルバムには、二人が所属していたバッド・ボーイのオーナー、Pディディ(=ショーン・コムズ)のほか、チャッキー・トンプソンやスティーヴィーJといった同レーベル出身のプロデューサー、DJプレミアのような、二人と縁の深い人や、ジャスト・ブレイズのような、今回が初の共作となる人まで、バラエティ豊かなプロデューサーが集結。ゲスト・ミュージシャンにも、ビギーが結成したヒップホップ・グループ、ジュニア・マフィア出身のラッパー、リル・キムやリル・シーズ(余談だが彼はビギーの従弟でもある)、バッド・ボーイ初の男性ヴォーカル・グループ112のほか、スヌープ・ドッグやバスタ・ライムズといった90年代から活躍している大物まで、豪華な面々が並んでいる。

さて、肝心の内容だが、2曲目の”Legacy”は、シンセサイザーを駆使したメロウなトラックが印象的なスロウ・ナンバー。ビギーの生前には少なかったタイプの曲だが、新録曲のように溶け込ませるプロデューサーの地道な作業と音楽センスが光る曲。彼が生きていたころは、音圧の強いトラックに押されていたフェイスの歌が、トラックをねじ伏せる勢いの力強いものになった点は感慨深い。20年の時を経て、同じ土俵で声を絡ませる二人の姿が印象的な曲だ。

これに対し、ジェダキスが参加した”N.Y.C.”は、レコードからサンプリングしたような音色を使ったビートとスクラッチが、90年代のヒップホップを思い起こさせる曲。曲の大部分をビギーとジェダキスのラップが占め、フェイス・エヴァンスはサビを歌うに留めた、ビギーの新作っぽい曲。トラックを含め、90年代のヒップホップの醍醐味が凝縮された佳曲だ。

それ以外では、スヌープ・ドッグをフィーチャーした”When We Party”の存在感が光っている。図太いベース音を使ったモダンなトラックは、スヌープ・ドッグのような、西海岸出身のラッパーの曲に多いスタイル。東海岸と西海岸のミュージシャンが対立し、結果的にビギーと2パックという、希代のラッパーを二人も失ってから20年弱。このような形でも、両地域を代表するラッパーが共演したのは感慨深い(まあ、似たような企画のブート盤は沢山あったが)。彼が生きていた時代のビートではなく、ディム・ファンクなどの台頭で注目を集めた、ディスコ・ブギーっぽいトラックを選ぶあたりに、常に進歩を続けているヒップホップ・ミュージシャンの矜持を感じさせる。

そしてもう一つ、見逃してほしくないのが、キラキラとした音色のシンセサイザーが印象的な”One In The Same”だ。アイズレー・ブラザーズの”Between The Sheets”を引用した”Big Poppa”や、エムトゥーメイの”Juicy Fruits”をサンプリングした”Juicy”のような、70年代後半から80年代のソウル・ミュージックの煌びやかで洗練された雰囲気を取り込んだミディアム・ナンバー。サビを歌うフェイスの色っぽい声は”One More Chance/Stay With Me”を思い起こさせるが、あの頃よりも強く、しなやかになったと思う。

亡くなったミュージシャンの「新作」は、故人の名前を意識しすぎて、生前の作品の焼き直しに陥ったり、昔の録音を現代のトレンドに適応させようとして、無理が生じるものが少なくない、ロバート・グラスパーがマイルス・デイヴィスと「競演」した『Everything's Beautiful』のような、生前の録音を編集したコラージュに近い作品は別だが、本作のような疑似デュエット作品では、生前の録音を活かしつつ、どうやって「新作」として聴かせるかが最大のネックだと思う。

これに対し、彼女達は過去のビギーの楽曲を参考にしつつ、それを現代的にアップデートしたトラックを用意することで、その課題に対応している。レコードからのサンプリングした音や、それっぽい音色を取り入れたビートを揃えたあたりからも、本作が生前の彼の音楽を意識していることが伺わせる。一方、新しく録音したフェイス・エヴァンスのヴォーカルは、長いキャリアの間で身に着けた、強くしなやかな歌声を惜しげもなく披露することで、21世紀を生きる彼女にしか作れない音楽に仕立て上げていると思う。

亡き前夫との共演を謳いながらも、彼の名前に寄りかかることなく、対等な関係で「共演」した、フェイス達、現代を生きるアーティスト達の姿が光る。懐かしいようで新鮮な作品。90年代のR&Bやヒップホップをこよなく愛した人には懐かしく、当時を知らない人には新鮮な。面白いアルバムだと思う。

Producer
DJ Premier, Just Blaze, Stevie J, Salaam Remi, Chucky Thompson, P Diddy etc

Track List
1. A Billion
2. Legacy
3. Beautiful (Interlude)
4. Can't Get Enough
5. Don't Test Me
6. Big/Faye" (Interlude) feat. Jamal Woolard
7. Tryna Get By
8. The Reason
9. I Don't Want It feat. Lil' Cease
10. I Got Married (Interlude) feat. Mama Wallace
11. Wife Commandments
12. We Just Clicked (Interlude) feat. Mama Wallace
13. A Little Romance
14. The Baddest (Interlude)
15. Fool For You
16. Crazy" (Interlude) feat. 112 & Mama Wallace
17. Got Me Twisted
18. When We Party feat. Snoop Dogg
19. Somebody Knows feat. Busta Rhymes
20. Take Me There feat. Sheek Louch & Styles P
21. One In The Same
22. I Wish (Interlude) feat. Kevin McCall & Chyna Tahjere
23. Lovin You For Life feat. Lil' Kim
24. NYC feat. Jadakiss
25. It Was Worth It





The King & I
Faith Evans & Notorious
Rhino / Ada
2017-05-19