過去にはサム・クックやカーティス・メイフィールドなどの名シンガーを育て、近年はカニエ・ウエストやチャンス・ザ・ラッパーなどの人気ヒップホップ・アーティストを輩出している、イリノイ州最大の都市シカゴ。同地の出身で気鋭のラッパー兼プロデューサーとして注目を集めているのが、サー・ザ・バプティストこと、ウィリアム・ジェイムス・ストークスだ。

シカゴ近郊のブロンズビルで、バプテスト教会の牧師の父と宣教師の母の間に生まれた彼は、6歳のときにピアノを始め、10歳になるとドラムも叩くようになる。また、父親が運営する教会でゴスペルにも親しむなど、恵まれた環境でその才能を伸ばしてきた。そんな彼は、10代のころから映画やCM用の音楽などを制作するなど、その実力を発揮するようになる。

大学を卒業した後は、広告会社のマーケティング・ディレクターとして、音楽プロデューサーのロドニー・ジャーキンスと一緒にマクドナルドの案件を担当するなど、多くのプロジェクトに関わるようになる。しかし、26歳の時にミュージシャンに転身。2015年にチャーチPplをフィーチャーした自主制作のシングル”Raise Hell”を発表する。R&Bやヒップホップに、ゴスペルや説法の要素を盛り込んだ斬新なスタイルは音楽ファンの度肝の抜き、翌年のベット・アワードで「インパクト・トラック・オブ・ザ・イヤー(最もインパクトのあった曲)」にもノミネートした。

また、2016年には、アルバム未発売の新人ながら、多くの音楽フェスティバルやテレビ番組に出演。そこで知り合ったジェイZから高く評価され、彼が主催する音楽ストリーミングサイト「TIDAL」のイベントや、彼の妻であるビヨンセの公演のオープニング・アクトなどに起用されるなど、多くの人の目に留まる場へも進出するようになった。

本作は、そんな彼にとって初のフル・アルバム。彼の代表曲である”Rise Hell”を再録音したものや、2016年に発表したシングル”What We Got”を収録しているほか、ミシェル・ウィリアムズやキキ・ワイアット、キラー・マイクやレイJといった人気ミュージシャンがゲストに名を連ねる豪華なアルバムになっている。

さて、収録曲の中で一番最初に公開されたのが2曲目に入っている”Raise Hell”だ。アトランタ出身のラッパー、キラー・マイクが参加した新バージョンで、トラックもコーラスなどを追加し音のバランスを変えることで、ビートの躍動感やゴスペルのダイナミックさが強調されている。アウトキャストやオーガナイズド・ノイズの作品を彷彿させる、原曲のローファイなビートとロックの要素を盛り込んだアレンジのおかげで、キラー・マイクのラップが最初から入っていたように聞こえる点も面白い。

一方、カーク・フランクリンやクラーク・シスターズなどのゴスペル作品を手掛け、メアリーJ.ブライジやケリー・プライスなどのR&B作品にも携わってきた、シンガー・ソングライターでプロデューサーのドナルド・ロウレンスとコラボレーションした”Raise Hell”は、ギターの演奏やクワイア、コール・レスポンスなどを取り入れた、ゴスペル色の強い曲。曲の途中でビートを変え、歌とラップを違和感なく繋ぐアレンジ技術が光っている。

また、ミシェル・ウィリアムズをフィーチャーした”Southern Belle”は、ピアノの伴奏と、武骨な歌声が格好良いミディアム・ナンバー。ゆっくりとしたテンポのビートに乗って、ラップと歌をスムーズに繋ぐスタイルは、ドレイクとも少し似ているが、こちらの方がヴォーカルが太く、メロディもダイナミック。絶妙なタイミングで絡むミチェルのヴォーカルや、サビを盛り上げるクワイアも格好良い。歌詞がゴスペルのような内容のゴスペル・ラップという音楽はあるが、ゴスペルとヒップホップのが完全に融合した曲は珍しく、新鮮に聴こえる。

そして、本作では異色の、ディスコ音楽の要素を取り込んだ曲が、レイJトジョーダン・ミッチェルが参加した”Replay”だ。洗練されたビートと滑らかなヴォーカルはタキシードブルーノ・マーズの作品を思い起こさせる。曲の途中でビートを止めたり、ワザと粗っぽい声で歌ったりして、曲にメリハリをつけている点も面白い。ゴスペルの要素もきちんと盛り込みつつ、キャッチーでセクシーなディスコ音楽に纏め上げている。

今回のアルバムは、リル・ヨッティブライソン・ティラーのような、気鋭の若手と比べても見劣りしない斬新なトラックを土台に、ドレイクやパーティネクストドアのように歌とラップの両方を巧みに使い分けつつ、随所にゴスペルや説法の要素を盛り込んだ、クリスチャン・ミュージックが盛んなアメリカでも珍しい作品だ。こんな音楽を作れるのは、彼がマーケティングの仕事を通して、色々な要素を盛り込みつつ、要点を漏れなくリスナーに届ける編集技術を身に着けてきたのが大きいのではないかと思う。

音楽に関する豊富な経験と、ビジネスの場で磨かれた流行を読み解くセンス、両者を組み合わせて一つの作品に落とし込む実務能力の三つが揃ったことで完成した、新しいタイプのヒップホップ作品。カニエ・ウエストやチャンス・ザ・ラッパーのように、音楽界に新しい風を吹き込んでくれそうだ。

Producer
Sir the Baptist, Greg Peterca

Track List
1. Prayers on a Picket Sign
2. Raise Hell feat. Killer Mike & ChurchPpl
3. What We Got feat. Donald Lawrence & Co. and ChurchPpl
4. Southern Belle feat. Michelle Williams
5. Deliver Me feat. Brandy
6. God Is on Her Way
7. Dance With the Devil
8. Saint or Sinner
9. High With God feat. DC Young Fly
10. Marley's Son
11. Good Ole Church Girl feat. The Deacons
12. Replay feat. Ray J & Jordan Mitchell
13. Let It Move Yah
14. Second Line Ball
15. The Wall
16. Heaven feat. Donald Lawrence & Co, Keke Wyatt and ChurchPpl



a

Saint or Sinner [Explicit]
Atlantic/Tympa Chapel Records
2017-05-12