ナイジェリア生まれ、カリフォルニア州育ちのジェシカとイヴァンナの姉妹によるヴォーカル・グループ、ヴァンジェス。

2009年頃から活動を開始。当初はレディ・ガガやアリアナ・グランデのヒット曲を、息の合った歌で本格的なR&B作品に生まれ変わらせていた。その後は、2012年あたりから「Louder than Words」や「Lights Camera Cure」などのプロジェクトに関わりながら、多くのステージを経験。2016年以降は2か月に1曲のペースで、オリジナルのシングルをリリースしてきた。

このアルバムは、彼女達にとって初のスタジオ・アルバム。2017年以降にリリースされた楽曲をほぼ全て収録した本作は、配信限定の自主制作アルバムながら、リトル・シムズやG-イージーなどの作品に携わっているアイアムノーバディーや、自身もミュージシャンとして活躍する一方、ヴァネッサ・ホワイトなどの作品にも参加しているクロエ・マルティーニといった、気鋭のクリエイターが集結。尖ったサウンドと落ち着いた歌声が織りなす、独特の世界を展開している。

本作の収録曲で最初に目を惹くのは、2曲目の”Control Me”。本作の発売と同時にシングル・カットされたこの曲は、ドイツのデュッセルドルフ出身、現在はロス・アンジェルスを拠点に活動するアイアムノーバディーが制作を担当。ずっしりと重い電子ドラムの音と、音量こそ小さいが輪郭のはっきりしたストリングスのような伴奏を組み合わせた神秘的なトラックの上で、歌というより、詩を読むような硬い声で言葉を紡ぐ二人の姿が心に残るミディアム・ナンバー。ニッキー・ジョヴァンニを彷彿させる鋭い声質のメロディから、エリカ・バドゥを思い起こさせる艶めかしい歌声のサビに繋がる展開が聴きどころ。

これに続く”Touch the Floor”は、クロアチア出身のクロエ・マルティーニなどがプロデュースし、キングストン出身のシンガー兼サックス奏者、マセーゴをフィーチャーした作品。ウェイン・マーシャルの”Check Yourself”などに使われたことでも知られるリディム、”Masterpiece”っぽいビートのダンス・ナンバーだ。癖の強いビートにも関わらず、ラップではなく、ジャネイを連想させる、高音中心の爽やかなメロディを丁寧に歌う二人の姿が光っている。難解なトラックを優雅に歌う二人の高い実力が心に残る良曲だ。サックスで参加したマセーゴもいい味を出している。

また、”Touch the Floor”のプロデューサーにも名を連ねている、ジェイ・オエバデージョとアイアムノーバディーが共同で制作した”Addicted”は、シンプルなトラックとゆったりとしたメロディが心地よいミディアム・ナンバー。音数を最小限に絞ったビートと洗練された歌声の組み合わせは、シーザシドといった、現代の人気R&Bシンガーの音楽に通じるものがある。似ているようで微妙に違う声質の二人の歌声が、ソロ・シンガーの曲にはない、複雑なメロディを生み出している。

そして、プラチナ・ディスクに認定されたヒット曲や、グラミー賞のノミネートも経験しているワシントンD.C.出身のラッパー、ゴールドリンクを招いた”Through Enough “は、電子楽器で90年代のヒップホップのビートを再現した刺激的なトラックが格好良い曲。スタイリッシュなヒップホップのビートに、流れるようなヴォーカルの組み合わせた手法は、ジャネイの”Hey Mr. D.J.”に凄く似ている。ケイトラナダとも組んだことがあるゴールドリンクが、電子音を多用した、洗練されたビートも違和感なく乗りこなしている点も面白い。BTSの”Paradice”を手掛けたことも話題になった、ローファイルことタイラー・アコードが作ったトラックも含め、全ての面で本作の目玉と言っても過言ではない曲だ。

このアルバムを聴いていると、洗練されたメロディと巧みな節回しで多くのリスナーを魅了したジャネイやフロエトリーといった女性デュオのことを思い出す。しかし、ヴァンジェスが偉大な先輩たちと違うのは、電子楽器の音色を強調した前衛的な作風でありながら、ヒップホップのリズミカルなビートと、R&Bの複雑でダイナミックなメロディを同居させているところだ。最先端のサウンドを積極的に取り入れながら、昔のR&Bを思い起こさせるスタイルが、彼女達の音楽の魅力だと思う。

斬新なトラックに対応するため、ラップのような起伏の少ないメロディにシフトする歌手が多い中、複雑なビートに美しいメロディを乗せる二人の高いヴォーカル・スキルは、もはや自主制作の枠を超えている。じっくりと歌を聴かせる90年代以前のR&Bのスタイルを踏襲しつつ、最先端のサウンドを取り入れた彼女達の音楽は、新しい音が好きな人も、昔のR&Bが好きな人も魅了しそうだ。

Producer
Chloe Martini, KAYTRANADA, Lophiile, Louie Lastic, Ogee Handz, Jay "Kurzweil" Oyebadejo etc

Track List
1. My Love
2. Control Me
3. Touch the Floor feat. Masego
4. Filters
5. Honeywheat
6. Addicted
7. Cool Off the Rain (Interlude)
8. Through Enough feat. GoldLink
9. Another Lover
10. 'Til Morning
11. Best Believe
12. The One
13. Easy feat. Berhana & Leikeli47
14. Rewind Time feat. Little Simz