力強い歌声とダイナミックな表現で、クイーン・オブ・ソウルと呼ばれ、1987年には女性初のロックの殿堂入りを果たしたアレサ・フランクリン。

メンフィス生まれ、デトロイト育ちの彼女は、高名な牧師である父と、有名なゴスペル歌手の母(ただし、彼女はアレサとは別居していた)を両親に持っていたこともあり、幼いころから頻繁に教会で歌っていた。

そんな彼女は、1961年にコロンビア・レコードからレコード・デビューを果たすが、当初はジャズやポップスなど、様々なスタイルに取り組んでいた。

そんな彼女の転機になったのは、1966年のアトランティック・レコードへの移籍。同社を率いるジェリー・ウェクスラーは、彼女の並外れたスケールのヴォーカルに着目し、その魅力を引き出す重厚なソウル・ミュージックに力を入れるようになる。

1967年の移籍第一弾アルバム『I Never Loved a Man the Way I Love You』が、ゴールド・ディスクを獲得するヒット作となった彼女は、その後も多くの作品を発表。今も多くのシンガーに歌い継がれ、2018年にはアカデミー賞を獲得したチリ映画「ナチュラル・ウーマン」でも使われた”(You Make Me Feel Like) A Natural Woman”を収めた『Lady Soul』や、ポール・マッカートニーが彼女に歌ってもらうことを念頭に制作したという、ビートルズの”Let It Be”のカヴァーを含む『This Girl's in Love with You』など、多くの名作を録音してきた。

このアルバムは、2012年の『Aretha: A Woman Falling Out of Love』以来となる、彼女の通算41枚目のスタジオ・アルバム。また、彼女にとって、生前最後に録音されたスタジオ作品でもある。

本作では、エッタ・ジェイムスやグラディス・ナイトといった、彼女とともに60年代の音楽シーンを盛り上げてきたアーティストの作品から、アリシア・キーズやアデルといった、親子ほどの年の差がある現代のミュージシャンまで、新旧の人気女性シンガーの楽曲をカヴァー。プロデュースはクライヴ・デイヴィスやベイビーフェイスといったヴォーカル作品に強い人から、アンドレ3000のような個性派まで、バラエティ豊かな面々が担当している。

1曲目は、エッタ・ジェイムスが60年に発表した”At Last”。2008年の映画「キャデラック・レコード」でビヨンセがカヴァーし、同じ年にはバラク・オバマの大統領就任記念イベントで歌われたことで、幅広い年代の人に知られるようになったバラードだ(余談だが、エッタ・ジェイムスは自分の代表曲を他の人が大統領の就任記念イベントで歌ったことに激昂したらしい)。

ベイビーフェイスがプロデュースした今回のカヴァーは、オーケストラや管楽器を盛り込んだ上品な伴奏が印象的。緩急、強弱とも振れ幅が大きく、高い歌唱力が求められる楽曲をしっかりと歌い切っているのは流石としか言いようのない。オーケストラの繊細な音を活かしつつ、ヴォーカルの良さを引き立てるベイビーフェイスの制作技術も凄い。

続く”Rolling In The Deep ”は、本作の収録曲では最も新しい、アデルの2011年の楽曲のカヴァー。ロック色の強いアデルの作品の良さを生かした、荒々しい演奏とパワフルなヴォーカルの組み合わせが強く心に残る。武骨な演奏とゴスペルを連想させる分厚いコーラスを組み合わせたアレンジは、粗削りで泥臭いサウンドが魅力の60年代のサザン・ソウルに通じるものがある。曲中でさりげなくマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの”Ain't No Mountain High Enough”を挟み込む演出も気が利いている。

また、グロリア・ゲイナーが78年にリリースしたディスコ・クラシックを歌った”I Will Survive”は、ジャズ畑のハーヴィー・メイソンJr.とハウス・ミュージックに強いテリー・ハンターがプロデュースを担当。洗練されたバック・トラックの上で、楽曲の優雅な雰囲気を守りつつ、パワフルな歌声を響かせる姿が聴きどころ。アレサを含め、多くのシンガーを苦しめていたディスコ音楽だが、この時点のアレサは、完全に自分の音楽にしている。余談だが、曲の途中で「Survivor」に引っ掛けて、デスティニーズ・チャイルドの”Survivor”のフレーズを挟み込む演出は、2曲の音楽性の違いを感じさせないアレンジも含め非常に面白い。

そして、個人的に面白いと思ったのが、アリシア・キーズが2007年に発売した”No One”のカヴァー。元々レゲエ色の強い楽曲を、より緩く、明るい音色を多用した演奏で本格的なレゲエ作品としてリメイクしている。アレサのような力強く、雄大な歌唱が魅力の歌手と、ゆったりとした雰囲気のレゲエは、あまり相性が良くないが、彼女は起用に乗りこなしている。プロとしてのキャリアも半世紀を超え老練なパフォーマンスを身に着けた彼女の演奏が堪能できる。

今回のアルバムの良いところは、原曲の魅力とアーティストの個性を絶妙なバランスで融合していることだ、エッタ・ジェイムスやグロリア・ゲイナー、アデルといった新旧の名シンガーが世に送り出した名曲を、原曲の良さを損ねることなく、自分の音楽に染め上げている。原曲を忠実になぞるわけでも、独創的なアレンジを聴かせるわけでもなく、大ベテランの経験を活かして、丁寧に歌い込む手法が本作の良さを生み出している。

アレサ・フランクリンという唯一無二の名歌手と、彼女を支える名プロデューサー達の技術によって、ソウル・ミュージックの可能性を広げた傑作。歌い手や演奏者の数だけ、色々な表情を見せるヴォーカル曲の醍醐味が堪能できる傑作だ。

Producer
André "3000" Benjamin, Antonio Dixon, Aretha Franklin, Clive Davis, Kenny "Babyface" Edmonds, Harvey Mason, Jr. etc

Track Listt (括弧内は原曲を歌ったアーティスト)
1. At Last (Etta James)
2. Rolling In The Deep (Adele)
3. Midnight Train To Georgia (Gladys Knight & the Pips)
4. I Will Survive (Gloria Gaynor)
5. People (Barbra Streisand)
6. No One (Alicia Keys)
7. I’m Every Woman (Chaka Kahn & Whitney Houston) / Respect (Aretha Franklin)
8. Teach Me Tonight (Dinah Washington)
9. You Keep Me Hangin’ On (The Supremes)
10. Nothing Compares 2 U (Sinead O'Connor)