70年代初頭からジャズのセッション・ミュージシャンとして活動し、その後、ロック・バンド、ビッグ・アップル・バンドとしても活躍していた、ギタリストのナイル・ロジャースと、ベーシストのバーナード・エドワーズが中心になって77年に結成。ロキシー・ミュージックやキスを彷彿させる華やかなヴィジュアルと、フィリー・ソウルを連想させる流麗な伴奏、ファンクの要素を含むダイナミックなグルーヴで、人気バンドに上り詰めたシック。

彼らは”おしゃれフリーク”の邦題で知られる”Le Freak”や”Good Times”などのヒット曲を残し、後者はシュガー・ヒル・ギャングの”Rapper’s Delight”にサンプリングされるなど、ヒップホップを含む他の音楽ジャンルにも多大な影響を与えてきた。

また、ナイルとバーナードはプロデューサーとしても才能を発揮。ダイアナ・ロスの”Upside Down”やシスター・スレッジの”We Are Family”などを手掛け、70年代後半から80年代にかけて世界を席巻したディスコ音楽ブームを牽引してきた。

しかし、バーナードが96年に公演のために訪れた日本で急死(余談だが、彼の最後のステージは『Live at The Budokan』という形でCD化されている)。ナイル・ロジャーズは裏方として活動するようになる。しかし、2010年代に入ると、2013年に世界で最も売れた曲となったダフト・パンクの”Get Lucky”を筆頭に、彼が携わったアダム・ランバートやニッキー・ロメロなどの楽曲が相次いでヒット。ディスコ音楽が再評価されるきっかけを作った。

本作は、シック名義では26年ぶりとなるスタジオ・アルバム。オリジナル・メンバーはナイル・ロジャースのみになったが、キャッチーでスタイリッシュな往年のサウンドは本作でも健在。久しぶりの新作では、ムラ・マサステフロン・ドンといった気鋭の若手に加え、レディ・ガガやクレイグ・デイヴィッド、テディ・ライリーといった大物が続々と参加した豪華なものになっている。

本作の1曲目は、ムラ・マサとヴィック・メンサが参加した”Till The World Falls”。ムラ・マサの作品で何度も美しい歌を聴かせてきた、コシャの爽やかで透き通った声はデビュー作でヴォーカルを執ったノーマ・ジーン・ライトにも少し似ている。キャッチーでスタイリッシュなメロディはアンダーソン・パックやナオと共作したもの。偉大な先輩の持ち味を生かしつつ、現代の音楽にアップ・トゥ・デートした後進の活躍が光っている。

続く”Boogie All Night”は、ナオをフィーチャーしたダンス・ナンバー。跳ねるような四つ打ちのビートと、シンセサイザーを多用した煌びやかな伴奏、ナオのキュートな歌声は、シックの作品と言うより、同時代にヨーロッパで多く作られたシンセサイザー主体のディスコ音楽、ディスコ・ブギーに近いものだ。彼らが活躍した時代のサウンドを咀嚼して、現代の自身の音楽に還元する手腕は流石としか言いようがない。

しかし、本作の目玉は何と言ってもクレイグ・デイヴィッドとステフロン・ドンという、イギリス発の世界的な人気ミュージシャンを起用した”Sober”だろう。80年代後半から90年代にかけて音楽界を席巻し、2018年に各国のヒット・チャートを制覇した、ブルーノ・マーズの”Finesse”でも採用されている、ニュー・ジャック・スウィングを取り入れたものだ。3曲目のオリジナル・ヴァージョンは、ベースのグルーヴを強調したもので、90年代初頭に流行したテディ・ライリーのアレンジを再解釈したスタイルに近い。だが、本作はこれに留まらず、10曲目に収められたリミックス・ヴァージョン”(New Jack) Sober”では、このジャンルのオリジネイターであるテディ・ライリーをリミキサーとして招聘。ガイやボビー・ブラウンの作品で聴かせてくれた、跳ねるようなビートを現代に蘇らせている。一時代を築き、東アジアでもエグザイルやシャイニーなど、多くのアーティストに影響を与えてきたテディ・ライリーの健在を感じさせる良作だ。

それ以外の曲では、レディ・ガガをフィーチャーした”I Want Your Love”も見逃せない。78年に発表した彼らの全米ナンバー・ワン・ヒットをリメイクしたこの曲は、オージェイズやスリー・ディグリーズといったフィラデルフィア発のソウル・ミュージックにも似ている、原曲の柔らかい伴奏を忠実に再現したサウンドと、ガガの丁寧で豊かな歌唱表現が聴きどころの良質なカヴァーだ。奇をてらうことなく楽曲の良さを引き出すヴォーカルでありながら、自身の個性を発揮してしまうのは、彼女らしくて興味深い。

今回のアルバムは、ヒット曲を量産した70年代後半のシックが持つ、洗練された雰囲気と親しみやすさを両立しつつ、単なる懐メロに留まらない、2018年のシックの音楽に纏めている。本作に収められた曲では、R&B畑の歌手を中心に、瑞々しい声と豊かな表現力を持つシンガーを揃え、ディスコ音楽に造詣の深いエレクトロ・ミュージック畑のクリエイターとR&Bのソングライターを組み合わせることで、当時の雰囲気を残しつつ、きちんと現代の音に仕上げている。恐らく、21世紀に入ってもクリエイターとして一線で活動してきた経験が反映しているのだろう。

昔の杵柄ではなく、現代の感性と技術で勝負した彼の、高い実力が遺憾なく発揮された良作。ダフト・パンクやマーク・ロンソンなど、多くのフォロワーが取り組んできたディスコ・サウンドを当時のミュージシャンが蘇らせた、充実の内容だ。

Producer
Nile Rodgers, Russell Graham, Mura Masa, NAO, Teddy Riley etc

Track List
1. Till The World Falls feat. Mura Masa, Cosha and Vic Mensa
2. Boogie All Night feat. Nao
3. Sober feat. Craig David and Stefflon Don
4. Do Ya Wanna Party feat. Lunch Money Lewis
5. Dance With Me feat. Hailee Steinfeld
6. I Dance My Dance
7. State Of Mine (It's About Time!) feat. Philippe Saisse
8. Queen feat. Elton John & Emeli Sande
9. I Want Your Love feat. Lady Gaga
10. (New Jack) Sober feat. Craig David and Stefflon Don - Teddy Riley Version
11. A Message From Nile Rodgers



It's About Time
Nile Rodgers & Chic
Universal
2018-09-27