短時間に多くの曲を制作できるヒップホップに押され、苦しい立場に置かれているアメリカのR&B。そんな状況でも、積極的に新しい音を取り入れて、新曲を発表し続けているのがミラJとジェネイ・アイコの姉妹だ。

昨年、姉のミラJは12カ月間連続のアルバムリリースという離れ業を行って話題になったが、その一方で、妹のジェネイ・アイコも着実に新曲をリリースしてきた。

このアルバムは、彼女にとって2017年の『Trip』以来となる、約3年ぶりのスタジオ・アルバム。これまでの作品同様、カニエ・ウエストやコモンなどを手掛けてきたシカゴ出身の名プロデューサー、ノーI.D.が経営するデフ・ジャム傘下のアーティアムからリリースされた本作。しかし、彼やベニー・ブランコ、カシミア・キャットやフランク・デュークスのような有名プロデューサーが多数参加した前作から一転、本作はフィッシカッツやミカ・パウエルといった、彼女に近しいクリエイターが楽曲を手がけた、彼女の個性にフォーカスを当てた作品になっている。

アルバムの実質的な1曲目は、本作に先駆けてリリースされた“Triggered(Freestyle)”。音数を極限まで絞ったビートに、しっとりとした上物を被せたロマンティックなトラックが印象的な曲。「フリースタイル」と銘打たれている通り、メロディは荒削りだが、優れた嗅覚とセンス、豊富な語彙から生まれた歌はよく練り込まれた作品にも見劣りしないものだ。

続く"None of Your Concern"は、2007年にカニエ・ウエストのレーベルからデビューした、彼女と同じ西海岸のカリフォルニア州出身のラッパー、ビッグ・ショーンが客演したスロー・ナンバー。今にも泣き崩れそうな勢いで物悲しいメロディを歌いこむアイコと、淡々と言葉を紡ぐラップで彼女を支えるショーンのコンビネーションが光る良曲だ。

また、"P*$$Y Fairy (OTW)"は、重厚な低音を強調したビートと、アルトに近い音域をじっくりと歌う彼女の姿が魅力のスロー・ナンバー。SWV“Used Your Heart”のような、落ち着いた雰囲気のメロディとアレンジが心を揺さぶる。シンプルな構成のメロディとトラックは、ディアンジェロの“Untitled”にも似ている。彼女のキャリアを代表する名バラードだと思う。

そして、アトランタ出身の人気ラッパー、フューチャーと、ロスアンジェルス出身のR&Bシンガー、ミゲルを招いた“Happiness Over Everything (H.O.E.)”は、様々な音色を使って3人の個性を引き立てたトラックが心地よいミディアム・ナンバー。もっさりとした声で軽妙なフロウを聞かせるフューチャー、アッシャーのように爽やかな声でメロディを歌うミゲル、アリーヤを彷彿させる透き通った声と、繊細だけど芯の強い歌唱が印象的なアイコの個性が上手く混ざり合った魅力的な曲だ。

今回のアルバムは、彼女の個性にスポットを当て、それを最大限に引き出すことに注力したものだ。過去の2作品で見せた繊細だけどしなやかなヴォーカルを活かすため、トラックメイカーを絞り、彼女の個性を引き出すことに重きを置いたシンプルなトラックと、繊細な歌声を活かすメロディ。彼女の良さを引き出すために作られた楽曲の存在が、本作の良さに繋がっていると思う。

アーティストの良さを巧みに引き出すプロデューサーと、楽曲の魅力を最大限に引き出すシンガーのコラボレーションが生み出した、稀有な作品。R&Bにとって冬の時代と言われることもあるが、そんな苦境を感じさせない力作だ。

Producer
Jhené Aiko,Fisticuffs, Lejkeys, Micah Powell

Track List
1 .Lotus
2. Triggered (Freestyle)
3. None Of Your Concern feat.Big Sean
4. Speak
5. B.S. feat. H.E.R.
6. P*$$Y Fairy (OTW)
7. Happiness Over Everything (H.O.E) feat.Future, Miguel
8. One Way St. feat. Ab-Soul
9. Define Me (Interlude)
10. Surrender feat.Dr. Chill
11. Tryna Smoke
12. Born Tired
13. LOVE
14. 10k hours feat. Nas
15. Summer 2020 (Interlude)
16. Mourning Doves
17. Pray For You
18. Lightning & Thunder feat.John Legend
19. Magic Hour
20. Party For me (Outro)





Chilombo
Jhené Aiko
Def Jam
2020-03-13