90年代後半、ニコル・レイの名義で、1枚のアルバムを残した歌手がいたことを覚えているだろうか?ミッシー・エリオットのプロデュースのもと、変則ビートを軽やかに乗りこなして、人々の記憶に自身の存在を印象付けた彼女は、2000年代以降も、ジェイ・Zなどが所属するロッカフェラに移籍して、オール・ダーティー・バスタードの復帰作で自慢の喉を披露するなど、虎視眈々と躍進の機会を狙っていた。

そんな彼女の転機は2013年に訪れた。デフ・ソウルからアルバムをリリースした経験もある、テリ・ウォーカーとコンビを組み、Ladyというユニットで、リー・フィールズやアロー・ブラックの作品をリリースしている、トゥルース・ソウルから再デビューする機会を得たのだ。同レーベルからリリースしたアルバムは、10年選手のヴォーカリストの歌声に、リー・フィールズなどの作品を盛り上げたバンド・メンバーが彩を添えた佳作で、好事家を中心に高い評価を得ていた。だが、これからというところで、テリ・ウォーカーが個人的な事情により音楽活動を休止。ニコルの活動も仕切り直しを余儀なくされてしまった。

そんな彼女にとって、3度目となるデビュー作はアーティスト名をレディ・レイと改め、ブロンクスの新興レーベル、ビッグ・クラウンから発表した。同レーベルは、リー・フィールズの2016年作『Special Night』や、ザ・バカオ・リズム&スティール・バンドのデビュー作を手掛けていることからもわかるように、ダップ・トーン一派や、その周辺ミュージシャンも数多く出入りしている、ダイナミックなバンド・サウンドを録音する技術がセールス・ポイントの一つになっている。

今回のアルバムでは、Lady時代に引き続き、レオン・ミッチェルとトーマス・ブレンネックがプロデュースを担当。ダップ・トーンズやエル・ミッチェル・アフェアの一員として知られ、2016年にはリー・フィールズやレディ・ガガなどの作品に関与していた彼らは、彼らの作品同様、ダップ・トーン周辺のミュージシャンを集めて、生演奏の魅力が発揮された、本格的なヴィンテージ・サウンドを提供している。

アルバムに先駆けてシングル・カットされた”Do It Again”はリー・フィールズの作品に入っていても違和感のない。分厚いホーン・セクションと泥臭いメロディが光るミディアム・ナンバー。唯一の違いは、レディ・レイの声がソウル・シンガーの中では比較的細く、声を振り絞るように歌っているところだろう。人によって好みは割れると思うが、か細い声を絞り出すように歌う彼女からは、身体的に恵まれた歌手の声とは異なる、ある種の鬼気迫るものが感じられる。一方、2枚目のシングル曲である”Smilin’”は、モータウン・サウンドを彷彿させる重厚だが軽快なサウンドで、彼女のキュートな歌声の良さを引き立てている。また、”Smilin’”のB面に収録された”Make Me Over”では、オルガンやギターのサウンドで柔らかい雰囲気にまとめつつ、ヒップホップの作品でも時折見られた、艶めかしいヴォーカルを絡めて、気怠い雰囲気の中にもどこかエロスを感じさせるパフォーマンスを披露している。

だが、何より面白いのは、演奏者たちのスタイルの転換だろう。このアルバムには、リー・フィールズやシャロン・ジョーンズ&ダップ・キングスといった、多くのソウル・ミュージシャンの作品を盛り立ててきた名演奏者が参加しているが、今回のアルバムでは従来の演奏全体から発散するようなエネルギーが抑えられ、かわりに微妙な力加減と音数を調整した楽曲が増えている。おそらく、ヒップホップ界隈でキャリアを積んできたニコルへの配慮だと思うが、結果的に、彼らの音楽性や、ソウル・バンドの可能性を広げたようにも思える。

ヒップホップ世代のクール・ビューティと、往年のソウル・ミュージックを再現する技術で名を成したバンドの競演が生み出した、新しさと懐かしさが同居した作品。R&Bが好きな人にもソウルが好きな人にも聞いてほしい、良質なブラック・ミュージックだ。

Producer
L. Michels, T. Brenneck

Track List
1. It’s Been A LongTime
2. Do It Again
3. Smilin’
4. Guilty
5. In Love (Don't Mess Things Up)
6. Make Me Over
7. Cut Me Loose
8. Underneath My Feet
9. They Won’t HangAround
10. Bad Girl
11. Let It Go
12. Guilty (Alt mix)
13. They Won't Hang Around (Alt mix)





QUEEN ALONE
LADY WRAY
BI CR
2016-09-23