1989年1月から始まった平成も2019年4月で終わり。この30年間には、音楽を楽しむフォーマットがレコードからCD、音楽データへと移り変わり、DVDや動画配信、音楽ストリーミングなど、新しい視聴手段が次々と登場しました。また、CDの売り上げが下がる一方で、ライブの観客動員数は大幅に上がり、インターネットの世界で名を上げたミュージシャンが、世界的なヒットを生み出すことも珍しくなくなりました。それ以外にも、音楽そのものに目を向けると、世界各地で新しい音楽が生まれ、姿を変えながら新しい流行を生み出してきました。そんな平成という時代を象徴する楽曲を10曲、独断と偏見で選んでみました。

globe - Sweetheart(1996)

毀誉褒貶はあるが、平成の日本のポップス界を代表するクリエイターの一人は、間違いなく小室哲哉だろう。ミリオンセラーを記録した楽曲を幾つも残している彼だが、自身が率いるユニット、globeが1996年に発表した4枚のシングルでは、そんな彼の創造力とビジネスセンスが遺憾なく発揮されている。中でも、ヨーロッパで流行していたドラムン・ベースを日本のポップスに落とし込んだこの曲は、日本のポップスでは厳しいとされる重低音を強調した硬質なビートをポップスに組み込んだ匠の技が聴きどころ。前作「SA YO NA RA」に続く2週連続1位という記録は、2019年にDrakeがアメリカで達成するまで、世界唯一の記録だった。

globe decade-single history 1995-2004-
globe
エイベックス・トラックス
2005-02-16



MISIA – つつみ込むように...(Remix) feat. Muro (1998)

98年のデビュー以降、多くのヒット曲を残してきたMISIA。彼女の良さは高い歌唱力のほかに、大胆なリミックスにも紛れない声の存在感があると思う。このデビュー曲のリミックスでは、DJ WATARAIの手による音数を絞った物悲しい雰囲気のビートと、Muroの鋭さと優しさが同居した独特のラップを加えたアレンジで、シンプルゆえに難しいメロディを巧みに乗りこなす彼女の歌唱力を活かしている。リミックス・アルバムを80万枚以上売り上げた彼女が、ビート・メイカーやリミキサーの地位を高めたといっても過言ではない。

つつみ込むように・・・
MISIA
アリスタジャパン
1998-02-21



RIP SLYME -Stepper’s Delight(2001)

ポップスの世界にラップの存在を知らしめた「今夜はブギーバック」や「DA YO NE」、日本語によるハードコア・ヒップホップの可能性を示した「人間発電所」や「空からの力」など、多くのヒップホップ・クラシックが生まれた平成時代。その中でも後の音楽シーンに大きな影響を与えたのが、5人組のヒップホップ・グループ、RIP SLYMEが2000年に発表したメジャー・デビュー曲だろう。ドラムン・ベースを取り入れた、テンポが速く音数の多い複雑なビートの上で、コミカルなラップを次々と繰り出す姿は、アメリカのヒップホップにも日本のポップスにも見られない独創的なもの。日本の歌謡曲ともアメリカのヒップホップとも一定の距離を置きながら、ヒップホップの実験精神とポップスの親しみやすさを両立した音楽は、後の作品に多くの影響を与えている。余談だが、彼らの所属するヒップホップ・クルー、Funky Grammar Unitは、EAST END、RHYMESTER、KICK THE CAN CREWなど、多くの人気グループを輩出している。

GOOD TIMES(通常盤)
RIP SLYME
ワーナーミュージック・ジャパン
2010-08-04



Suite Chic – Uh Uh feat. AI (2003)

平成を通じて、常に多くの足跡を残してきたシンガーの一人が、安室奈美恵だ。単なるポップ・スターの枠に留まらず、ファッション・リーダーとして多くの女性のスタイルに影響を与え、キャリアの絶頂期に結婚、出産というブランクを経て、再び音楽業界の一線に戻ってきた彼女は、その一挙手一投足が人々の生き方に影響を与えてきた。そんな彼女が音楽で新境地に挑んだのが、2003年のSuite Chic。m-floのVerbalと音楽プロデューサーの今井了介の「日本のJanet Jacksonは誰だろう?」という会話をきっかけに生まれたこのプロジェクトは、彼女の作品でも珍しい、本格的なR&B作品。中でも、ラッパー、シンガーのAI、音楽プロデューサーのYAKKOと制作したこの曲は、アメリカ南部のヒップホップを取り入れた変則ビートと、矢継ぎ早に繰り出されるヴォーカルを組み合わせた、日本のポップスでは異色の作品。「カラオケで仲間と共有する音楽」の時代から「音源や映像、ライブで魅せる音楽」の時代へと移り変わっていった2000年代を象徴している。

WHEN POP HITS THE FAN (CCCD)
SUITE CHIC
エイベックス・トラックス
2003-02-26



Issa – Chosen Soldier(2007)

日本のポップスの特徴的なところに、ドラマやアニメとタイアップした曲が多いことがある。その中でも、仮面ライダーの熱狂的なファンであるDA PUMPのISSAが担当した映画「仮面ライダーTHE NEXT」の主題歌は、ISSAの手による作品のストーリーに沿った歌詞もさることながら、CHEMISTRYや倖田來未などを手掛けてきた日本屈指のR&Bプロデューサー、今井大介が手掛けるトラックが印象的な作品。Usherの”Year”やCiaraの”Goodies”でも取り入れていた当時の流行のサウンド、クランクを使って重厚で陰鬱な雰囲気を演出したアレンジは、楽曲のクオリティを高めつつ、映画と一体になることが求められるタイアップ曲の難しさを、高い次元でクリアしている。




TERIYAKI BOYZ – TOKYO DRIFT(2006)

2000年以降、ミュージシャンにとってファッションは新しい意味を持つようになっていった。単なる自分を飾るツールではなく、自分のイメージを増幅し、活動の場を広げる手段として、多くのミュージシャンが、これまで以上に積極的にファッションを活用するようになっていった。そんな時代に、ファッション業界での実績を活かして、音楽の世界に進出したのがA BATHING APEのデザイナーとして活躍していたNIGO。彼がm-floのVerbalなどと組んだ音楽ユニット、TERIYAKI BOYZは、ファッションを通して交流を深めたKanye WestPharrell Williamsといった海外の有名クリエイターをプロデューサーに招き、アメリカの最先端のサウンドを日本に輸入してみせた。映画「ワイルド・スピード」の主題歌として作られたこの曲も、一回聴いただけでPharrell の音とわかる軽快なビートの上で、4人が巧みなラップを繰り出した佳曲。余談だが、NIGOとVerbalは2019年にもPharrell Williamsをプロデューサー迎えた楽曲を、HONEST BOYZの名義で映画「名探偵ピカチュウ」の主題歌として提供している。




BIGBANG – HARU HARU(2008)

「日本人アーティストの重要曲なのに、なんで韓国のアイドル・グループの曲が?」そう思った人も少なくないだろう。2008年に韓国で最も売れたといわれるBIGBANGのシングル、実は作曲、アレンジ、プロデュースを北海道出身の音楽クリエイター、DAISHI DANCEが担当しているのだ。「踊れるバラードを作りたい」というリーダーのG-Dragonの希望に応えたこの曲は、ピアノの音色を使った切ない雰囲気の伴奏と四つ打ちのビート、ラップを担当するG-DragonとT.O.P.の絶妙な掛け合い、サビを歌う3人の美しい声が生み出す絶妙なバランスが心に残る良曲。メロディやアレンジの随所に、浜崎あゆみっぽさを感じるのは、G-Dragonの要望なのだろうか。彼らの作品の中でも異彩を放っているこの曲は、外国人が日本の音楽のどんなところを評価しているのかを端的に示している。楽曲の世界観を丁寧に描いたミュージック・ビデオも必見。

ALIVE
BIGBANG
YGEX
2012-03-28



Jin Akanishi – Good Times(2014)

平成の30年間を通して、常に日本の音楽業界に影響力を持ち続けてきたプロダクションの一つがジャニーズ事務所だ。同事務所はSMAP、Kinki Kids、嵐、関ジャニ∞など、個性豊かな人気グループを次々と送り出し、日本のポップス史に多くの金字塔を打ち立ててきた。そんな彼らの成功を支えてきたのが、優秀なタレントを育て、切磋琢磨させる事務所の環境にあったことを再確認できるのが、元KAT-TUNの赤西仁が退所直後に発表したこの曲。アメリカのR&Bを取り入れつつ、自分のヴォーカルやダンスのスタイル、ファンが彼に抱くイメージを作品に落とし込むプロデュース能力と、それを一緒に形にしてくれる優れた仲間を集められる人望、個人事務所という負荷の高い環境にいながら、それを微塵も感じさせない安定したパフォーマンスを観ていると、彼らの成功の秘訣が、厳しい環境で鍛えられ、自らの能力を高め続けてきた一人一人のタレントの努力にあることがよくわかる。彼の音楽は、アイドルはIDOL(=偶像)ではなく、たゆまぬ努力を続ける一人の人間なのだということを教えてくれる。

Me(+2) 通常盤
赤西仁
Go Good Records
2015-06-24



T-Groove – Move Your Body(2017)

インターネットの登場は、リスナーが音楽に接する機会を増やすだけでなく、アーティストと世界を繋ぐ機会も増やした。東京を拠点に活躍するT-Grooveこと高橋佑貴も、そんな時代を象徴するクリエイターの一人。彼はミュージシャンになる前から、マイナーなディスコ音楽を紹介するブロガーとして知る人ぞ知る存在だったが、音楽の世界で成功するきっかけになったのもインターネットだった。音楽ストリーミングサイトに投稿した楽曲が海外のミュージシャンやレコード・レーベルの目に留まり、フランスのレーベルからレコードデビューを果たした。デビュー・アルバムのタイトル・トラックであるこの曲は、Roger Troutmanの遠戚であるアメリカのシンガー、B. Thompsonを招いたダンス・ナンバーで、彼のディスコ音楽への深い造詣が遺憾なく発揮されている。日本を拠点に活動するクリエイターがアメリカのシンガーを起用した楽曲でフランスのレーベルからデビューする。インターネットの普及によって、インターネットの力で世界との距離が縮まった平成という時代を象徴する作品だろう。
Cosmic Crush -T-Groove Alternate Mixes Vol. 1
T-Groove
ビクターエンタテインメント
2019-03-06



星野源 – Pop Virus(2018)

90年代後半以降、R&Bの要素を盛り込んだポップスは数多く作られてきたが、その多くはヒップホップ色が強い、荒々しいサウンドをウリにするものだった。そんな中で、2018年に星野源がリリースしたこの作品は、D’Angeloの音楽を思い起こさせる、電子楽器と生音を組み合わせながら、人間の演奏が生み出す揺らぎや、音と音の隙間を効果的に聴かせるスタイルでリスナーの度肝を抜いた。日本を代表する人気ミュージシャンが、R&Bの中でも特に難解で実験的なサウンドに取り組みながら、老若男女問わず楽しめる音楽に落とし込む彼の才覚が光っている。大衆向けのポップスとマニア向けの音楽を両立した稀有な作品だと思う。

POP VIRUS (CD)(通常盤)(特典なし)
星野 源
ビクターエンタテインメント
2018-12-19



今回は敢えてヒット曲に拘らず、平成という時代に起きた色々な変化を象徴する音楽を取り上げてみました。ここで挙げたアーティストのほかにも、沢山のミュージシャンが新しい音楽に取り組み、世界を変えていったのが平成という時代だと思います。令和の時代ではどんな音楽が生まれ、私達を楽しませてくれるのか、これからも追いかけ続けたいと思います。