2017年1月にリリースされるや否や、僅か8か月で動画の再生回数が30億回を突破。4月16日に、スペイン語の楽曲としては”恋のマカレナ”以来、20年ぶりの全米総合シングル・チャート1位を獲得すると、マライア・キャリーボーイズIIメンのコラボレーション曲”One Sweet Day”が持つ16週連続1位を獲得。オリジナル版の動画だけで50億回以上再生され、アメリカ国内だけで270万枚を売り上げる大ヒットとなった、ルイス・フォンシの”Despacito”。

プエルトリコのサンファンで生まれ育った彼は、親族に多くのミュージシャンがいる環境で、子供のころから音楽に慣れ親しみ、リッキー・マーティンが在籍していた同国の人気ボーイズ・グループ、メヌードに憧れていた。そんなこともあり、地元のボーイズ・グループでキャリアをスタートした。

また、98年にアルバム『Comenzaré』でメジャー・デビューを果たすと、ラテン音楽界の人気シンガーとして、2017年でに通算8枚のアルバムを発表。映画やテレビドラマにも出演する人気ミュージシャンとなった。

この曲が成功した要因の一つといわれるのが、膨大な数のリミックス・ヴァージョン。ジャズティン・ビーバーをフィーチャーしたものや、メジャー・レイザーがトラックを制作したもの、ポルトガル語版やサルサ版など、1か月に1曲に近いペースで新しいアレンジの曲を発表。常に新鮮な音楽をリスナーに届けつつ、同曲への耳目を集め続けていた。

この曲は、2018年1月にリリースされた作品。シンガポール出身のシンガー・ソングライター、JJリンこと林俊傑(リン・ジュンジェ)をゲストに招いた本作は、本人が携わった楽曲としてはスペイン語、英語、ポルトガル語に続く、新しい言語の作品。本作でフィーチャーされたJJリンは、標準中国語(中国本土北部やシンガポールなどで使われている言語)を使った楽曲を得意とし、中国本土だけでなく、香港や台湾など、中国語が話される地域で人気を博してきた。

今回のヴァージョンでは、アレンジそのものは大きく弄らず、冒頭のパートを含む一部のメロディを新たに書き起こしている。その、JJがペンを執ったメロディは、欧米のヒップホップやR&Bを取り入れたモダンなメロディではなく、80年代から90年代にかけて、日本にも多く入ってきた、歌謡曲の要素を多く含むものだ。日本人歌手がカヴァーしたことで、この国でも有名になった”Coffee rumba”のような、エキゾチックな雰囲気を強調した作品に仕上げている。

このリミックスの秀逸な点は、単に外国のシンガーを取り入れるだけでなく、現地のミュージシャンにしか歌えない、その土地の文化を反映した音楽を飲み込んだ点だろう。異なる文化で育ったシンガーを起用するなら、フランスやドイツなどのヨーロッパ出身者や、日本や韓国などのアジア人でもよいと思う。しかし、この曲が持つ艶めかしいメロディを活かしつつ、これまでにない印象を与えるとなると、アメリカの影響を強く受けた、これらの国の音楽では物足りない。そこで、欧米のポップスを吸収しつつ独自の進化を遂げた、中国語圏のポップスを飲み込んだ判断が、このリミックスのキモだと思う。

インターネットの普及によって、手軽に世界の音楽に触れられると同時に、全世界に向けて自身の作品を発信できるようになった21世紀。多くのリミックスを立て続けに発表するという、音楽配信全盛期ならではのリリース手法と、欧米では通好みの音楽とされる中国語圏のサウンドを取り入れたこの曲は、非常に21世紀らしいと思う。今後は彼らのように、活動地域も音楽ジャンルも超えたコラボレーションが増えるのではないかと予感させる、優れたリミックス作品だ。

Producer
Mauricio Rengifo, Andrés Torres

Track List
1. Despacito (Mandarin Version) feat. JJ Lin