グレゴリー・ポーターはカリフォルニア州サクラメントに生まれ、同州のベイカーズで育ったシンガー・ソングライター。

牧師の母のもとに生まれた彼は、フットボールの実績を認められ、生活費を含む一切の面倒を見てもらえるフルブライト奨学金を得て大学に進むなど、将来を嘱望されていた。しかし、大学時代に負った怪我が原因でスポーツの道を断念。ニューヨークに移住し、料理人をしながら音楽の道を模索するようになる。

音楽活動を続ける中で、高いパフォーマンスの技術が周囲の耳目を引くようになった彼は、2010年に初のフル・アルバム『Water』をリリース。音楽ファンだけでなく、批評家からも高い評価を受け、グラミー賞にノミネートするなど、大きな成功を収める。その後も、ブルー・ノートを含む複数のレーベルから作品を発表した彼は、豊かな低音と滑らかな高音、それらを組み合わせた巧みな表現を武器に、2010年代を代表するジャズ・シンガーの一人に挙げられるまでになった。

このアルバムは、2016年にブルー・ノートから発売された『Take Me to the Alley』以来、約1年ぶりの新作となる通算5枚目のスタジオ・アルバム。収録曲の全てが1940年代から60年代にかけて、多くのヒット作を残した、シンガー・ソングライター、ナット・キング・コールの楽曲に取り組んだカヴァー集。配給元にジャズの名門、デッカが加わり、制作には6回もグラミー賞を獲得しているプロデューサーのヴィンス・メンドーサのほか、ベースのルーベン・ロジャースやドラムのユリシーズ・オーウェンズといった名うてのミュージシャンが参加。グレゴリーが敬愛するナットの名曲と真摯に向き合った、本格的なカヴァーを披露している。

アルバムの1曲目は、50年に発表された”Mona Lisa”。ドラムの音を抜きオーケストラをバックに、甘い歌声を響かせるスロー・ナンバー。羽毛布団のように柔らかい音色のオーケストラと、メロディをじっくり歌うグレゴリーのコンビネーションは、50年代の音楽の持つ上品で優雅な雰囲気を忠実に再現している。

続く”Smile”は、54年にリリースされた彼の代表曲。喜劇王チャップリンが作曲した映画『モダン・タイムズ』のテーマ曲に歌詞をつけたこの曲は、「笑っている限りは明るい明日が来る」という風刺映画のテーマ曲が元ネタとは思えない、前向きな歌詞と美しいメロディが多くのアーティストに愛され、カヴァーされてきた作品。今回の録音では、流れるようなストリングスの音色をバックに、恵まれた歌声を活かした、力強さと優しさを兼ね備えたヴォーカルを披露している。

また、彼のキャリアの絶頂期である64年にリリースされた”Love”はピアノ、ベース、ドラムの所謂ピアノ・トリオによる伴奏を取り入れた演奏。原曲よりシンプルな編成で、アップ・テンポにアレンジした演奏の上で軽やかな歌を聴かせる姿が印象的。メロディを崩して歌うグレゴリーのスタイルも、オリジナルのメロディを大きく弄らずに歌ったナットのバージョンとは一味違うものだ。ジョス・ストーンやダイアナ・クラールなど、様々なジャンルのミュージシャンが歌ってきた名曲に、大胆なアレンジを加えることで、新鮮な作品に聴かせた発想が光っている。

そして、キューバの作曲家、ファレス・オズヴァルドの作品をカヴァーした演奏が元ネタの”Quizás, Quizás, Quizás”は、パーカッションの音色を効果的に使った、妖艶なラテン・ナンバーをオーケストラの伴奏に乗ってしっとりと歌い上げた斬新なアレンジが光る曲。サビの一部に原曲の面影を感じる箇所もあるが、それ以外は、ラテン音楽がオリジナルとは思えない、ジャズやブルースのエッセンスを取り込んだ50年代風のスロー・ナンバーに仕上げた、ヴィンスのアレンジが功を奏した良曲だ。元々、色々なタイプの曲に対応できる歌手だが、グレゴリーはふくよかな歌声をじっくりと聴かせる曲がよく似合う。

今回のカヴァー集では、彼の持ち味であるふくよかで温かい歌声を活かし、シンプルだがよく練り込まれた演奏をバックに、丁寧な歌唱を聴かせる作品が目立っている。声の太さこそ違うものの、聴き手を包み込むような優しい歌声を武器に、多くの足跡を残してきたナット。彼の音楽を研究し、自分の声質や歌唱スタイルと似た部分を取り入れつつ、異なる部分については自分に合わせてアレンジしたグレゴリーの試みが、見事に成功していると思う。また、現代のジャズとは大きく違う、グルーヴよりも上品で洗練された伴奏の作品が多かった50年代の音楽を、当時のテイストを残しつつ、現代のリスナーの耳にも合うよう、細かい調整をかけている。この、歌と演奏、両方の視点から、当時の音楽を現代向けにアレンジしたことが、本作の面白い点だと思う。

ナットの音楽の普遍的な魅力を引き出しつつ、2017年を生きる彼の音楽に還元した良質なカヴァー集。60年代以降の音楽に比べ、目を向けられることの少ない50年代以前の音楽の良さを現代に伝える貴重な録音だと思う。

Producer
Vince Mendoza

Track List
1. Mona Lisa
2. Smile
3. Nature Boy
4. L-O-V-E
5. Quizas, Quizas, Quizas
6. Miss Otis Regrets
7. Pick Yourself Up
8. When Love Was King (arrangement of an original Gregory Porter composition from Liquid Spirit)
9. The Lonely One
10. Ballerina
11. I Wonder Who My Daddy Is
12. The Christmas Song





ナット・キング・コール&ミー
グレゴリー・ポーター
ユニバーサル ミュージック
2017-10-27