2010年にCD-Rでリリースした自主制作のEP『Sundanza』でデビュー。同作に収められている、ソウル・ミュージックと電子音楽やヒップホップを融合した個性的なサウンドが、新しい音に敏感な音楽ファンやミュージシャンの間で注目を集めた、サウス・ロンドンのモーデン出身のシンガー・ソングライター、サンファことサンファ・シセイ。彼にとって初のフル・アルバムが、XL傘下のインディー・レーベル、ヤング・タークスから発表された。

デビュー後の彼は、アーロン・ジェロームの音楽プロジェクト、SBTRKTやドレイク、カニエ・ウエスト、フランク・オーシャン、ソランジュなど、先進的な音楽性で多くのファンを魅了する人気ミュージシャンの作品に、制作やヴォーカルで参加し、その美しい歌声と鋭いセンスを披露してきた。

そんな彼にとって、CD形式では初のアルバムとなる本作では、マックスウェルの柔らかいテナーヴォイスとサム・スミスの洗練された歌唱、それにフライング・ロータスのように巧みな電子音の使い方と、Jディラを思い起こさせる厳選した音色を巧みに配置したビートが合わさった、独特の世界観を感じさせる傑作だ。

まず、アルバム発売に先駆けて発表された”Blood On Me”は、ナズやギャングスターの音楽を連想させる、90年代のヒップホップっぽい軽快なビートに、電子音を絡めたトラックを使ったアップ・ナンバー。そんなトラックの上で、感情をむき出しにしながら、泣きじゃくるように激しく歌うサンファの姿が印象的。

また、もう一つの先行リリース曲”Timmy's Prayer”は、カニエ・ウエストが制作に参加したミディアム・ナンバー。管楽器のような音色のシンセサイザーが物悲しい雰囲気を醸し出すトラックでは、他の曲と同じように、シンセサイザーを使ったビートも、どこか哀愁を帯びたように聴こえる。こんな重く、暗い雰囲気の曲に、サンファはロックのビートとギターを奏でるように多くの電子音を盛り込んで、ブラッド・オレンジやレディオヘッドのようなオルタナティブ・ロックっぽい前衛的な楽曲に纏め上げている。彼の歌も、この曲ではどこかラフで爽やかな感じがする、ロック色の強い佳曲だ。

それ以外にも、ガラージっぽい軽妙なビートに、軽い音色のスネアと電子音を組み合わせた高速で鋭いビートの上で、リバーブをかけたファルセットを響かせるアップ・ナンバー”Kora Sings”や、ピアノとシンセサイザーを使った神秘的な伴奏をバックに、繊細な歌声を絞り出すように歌い上げるバラード”(No One Knows Me) Like The Piano”なども、R&Bが好きな人には魅力的だと思う。

だが、彼の本領が発揮されているのは、やっぱり電子音楽とソウル・ミュージックを融合させたミディアム・ナンバーだろう。このアルバムでは”Reverse Faults”や”Under”、”Incomplete Kisses”などがそれに該当する。その中でも、”Incomplete Kisses”は電子楽器の音色に空間処理を施して作った幻想的なトラックの上を、エフェクトがかかったサンファのヴォーカルが響き渡るミディアム・ナンバー。メロディ自体は、フランク・オーシャンやアンダーソン・パックの流れを汲む、ソウル色の薄いR&Bといったところだが、ジェイムズ・ブレイクやフライング・ロータスの系譜に立つ、電子音楽とポップスを融合したトラックや、両者を結び付け、一つに纏め上げる音響技術のおかげで、彼にしか作れない個性的なソウル・ミュージックに仕上がっているのが面白い。

彼の音楽をじっくり聞くと、個別の要素は色々なミュージシャンにルーツを求めることができると思う。ファルセットを駆使したヴォーカル・スタイルは、マーヴィン・ゲイにはじまり、近年ではマックスウェルやロビン・シックなどが採用しているし、感情をむき出しにする繊細なヴォーカルはレディオヘッドのトム・ヨークなど、ロック・ミュージシャンを中心に多くの歌手が取り入れている。電子音楽をポップスに援用する手法も、フライング・ロータスやジェイムズ・ブレイク、ジェイ・ディラなどの作品で見られるもので、全て、純粋な彼のアイディアではない。

だが、彼の面白いところは、色々な音楽で使われている手法を集め、一つの音楽に詰め込みつつ、引用や加工の仕方を工夫することで、各手法の特徴と残しながら、自分の音楽に仕立て上げている点だと思う。その象徴が”Timmy's Prayer”で、電子音を多用しながら、ロックのビートに、レディオヘッドっぽい退廃的なメロディ、サム・スミス風のスタイリッシュなヴォーカルという、タイプの異なる音楽のエッセンスを、一つの作品に詰め込みつつ、きちんと整合性を取っている点が、彼の音楽の特徴だと思う。2013年に、デーモン・アルバーンがボビー・ウーマックの『Bravest Man in the Universe』でエレクトロ・ミュージックとソウルの融合に挑戦していたが、このアルバムは同作の手法を磨き上げ、ソウルと電子音楽を完全に一体化しつつ、各要素の特徴を残した作品といってよいだろう。

これだけ多くの要素を詰め込みつつ、一つの作品に落とし込むセンスはただものではないと思う。カニエ・ウエストの『The Life of Pablo』やソランジュの『A Seat at the Table』が好きだった人にはぜひ聴いてほしい、個性的な発想と緻密な構成、高い演奏技術が光る良作だ。

Producer
Sampha Sisay, Rodaidh McDonald

Track List
1. Plastic 100C
2. Blood On Me
3. Kora Sings
4. (No One Knows Me) Like The Piano
5. Take Me Inside
6. Reverse Faults
7. Under
8. Timmy's Prayer
9. Incomplete Kisses
10. What Shouldn't I Be?