2014年、弱冠18歳のときに発表した自主制作のアルバム『MTV1987』でデビュー。フランク・オーシャンやカニエ・ウエスト、チャイルディッシュ・ガンビーノなどから影響を受けた、ソウル、ファンク、ヒップホップやエレクトロニカが混ざり合った摩訶不思議なサウンドで、新しい音に敏感な人々から高い評価を受けたテキサス州コーパスクリスティ出身のシンガー・ソングライター、ケヴィン・アブストラクトことイアン・シンプソン。彼にとって2枚目となるオリジナル・アルバムが、この『American Boyfriend: A Suburban Love Story』だ。

前作では、リバーブを効果的に使った幻想的なロック・サウンドから、シンセサイザーの音色がバキバキと鳴り響くエレクトロ・サウンドまで、色々なスタイルの演奏を聴かせてくれた彼。本作では、フランク・オーシャンやヴィンス・ステイプルズなどの作品を手掛けているマイケル・ウゾウルと組んで、90年代のヒップホップを思い出させる生演奏っぽい音色を使ったビートと、ギターやトランペットなどの演奏を組み合わせた、尖っているけど温かい、ヒップホップとソウル・ミュージックが融合したような音楽を聴かせてくれる。

アルバムのオープニングを飾る”Empty”は、ピアノっぽい音色のキーボードによる伴奏と、ブリブリと唸るベースの音色がアクセントのミディアム・ナンバー。レコードからサンプリングしたようなヒップホップっぽい温かいビートと泥臭い歌声の組み合わせが初期のジョン・レジェンドを、線の細いスマート歌唱がフランク・オーシャンを思い起こさせるソウルフルな楽曲だ。

一方、”Blink”は、ロックのバラードで使われるような力強いビートの上で、ダイナミックなギターの演奏と、ジャズのアドリブのように抽象的なキーボードのフレーズが絡み合う、不思議な雰囲気の曲。ラップっぽいメロディから、急にロマンティックな曲調に変わったり、ヴォーカルが拡声器を使ったような曇った声に変わったりと、聴き手の予想の斜め上を行く展開が面白い。

もちろん、収録されているのは奇抜な曲ばかりではない。ギターの伴奏とピート・ロックっぽい柔らかい音色のビートを組み合わせた伴奏をバックに、しゃがれた声を張り上げる”Tattoo”や、コンピュータの音っぽい無機質なビートを使ったビートにシンセサイザーとギターの伴奏を乗せて、その上で、ブラッド・オレンジやフランク・オーシャンのようにソウルフルだけど、少しあっさりとしたヴォーカルを響かせた”Yellow”。録音技術で響きを強化したギターやシンセサイザーの伴奏が幻想的な雰囲気を醸し出している”Echo”など、歌や演奏をじっくりと聴かせるタイプの曲もちゃんと録音している。もっとも、それぞれの曲では、少しずつ工夫を凝らしていて、”Tattoo”では中盤にドラムの音色を変えて、ロックっぽい曲調からヒップホップっぽい曲調に変えたり、”Yellow”ではフォークソングっぽい荒々しいギターの演奏を、シンセサイザーの伴奏で神秘的な雰囲気に加工したり、”Echo”では電子楽器のピコピコという音色をアクセントに使ったりと、キャッチーだけど緻密な、保守的な音楽ファンにも聴きやすい曲でありながら、どこか前衛的に感じられる作品に纏め上げている。

前回のアルバムと比べると、奇抜な曲が少なくなって保守的に聴こえる部分もある一方で、斬新な曲が目立ち過ぎて、アルバムを通して聴くと散漫な印象を受けてしまう前作の反省点をしっかりと修正したように映る。だが、よく聴くと、リスナーに強烈なインパクトを与えるメロディやアレンジが減った一方で、曲の展開や演奏中に使われる細かなフレーズで、楽曲に個性を与えるようになったことがわかる。おそらく、今回の路線変更は、本人の成長だけでなく、先鋭的な作風で有名なミュージシャンの音楽を、一般の音楽ファンに向けて発信するために力を発揮してきたマイケルの存在が大きいと思う。

早熟な才能を惜しみなく披露したデビュー作から2年、今回のアルバムでは、その才能を開放するだけでなく、優秀なパートナーとの共同作業を通して、完成度の高い作品に落とし込む術を身に着け、実行した、若手らしいの既成概念にとらわれない自由な発想と、緻密な制作スキルが発揮された良質なR&B作品。これが20歳の作る音楽だというから恐ろしい。10年後の彼は、フランク・オーシャンやファレル・ウィリアムズになるのか、それともディアンジェロやプリンスみたいになるのか、今の時点では想像すらできないが、とにかく将来性を感じさせるアーティストだ。

Producer
Michael Uzowuru Kevin Abstract etc

Track List
1. Empty
2. Seventeen
3. Blink
4. Friendship
5. Tattoo
6. Yellow
7. Suburbian Born
8. Kin
9. Runner
10. Flintridge
11. Papercut
12. June 29th
13. Miserable America
14. American Boyfriend
15. Echo
16. I Do (End Credits)