インターネット上で発表した自作曲が注目を集め、ジル・スコットの『Woman』やタイリースの『Black Rose』にソングライターとして抜擢。2014年にはアンダーソン・パックのアルバム『Venice』に収録されている”Already”にフィーチャーされるなど、音に拘りのあるミュージシャンやファンから高く評価されている、カリフォルニア州イングルウッド出身のシンガー・ソングライター、サーことダリル・ファリス。彼の、2016年作『Her』の続編となる新作EPがこのアルバムだ。

自主制作だった過去の作品から一転、ケンドリック・ラマーやスクールボーイQなどの作品を扱っているトップ・ドーグからリリースされた本作。だが、エフェクターを効果的に使った、繊細で色っぽいヴォーカルと、Qティップやディアンジェロの作品を彷彿させる、古いレコードから取り出したような温かい音色を使った抽象的なビートという作風は変わっていない。本作には収録されていないが、今年の頭にインターネット上で公開した、ドネル・ジョーンズの”Where I Wanna Be”のカヴァーが象徴するような、柳腰の歌声と洗練されたメロディを90年代のイースト・コースト・ヒップホップと融合した、しなやかなヒップホップ・ソウルを聴かせてくれる。

本作のトラック・リストを見て、最初に気になったのは、アルバムの1曲目を飾る”New LA”だ。アンダーソン・パックとキング・メズという、ドクター・ドレの『Compton』でも辣腕を振るっている2人をフィーチャーしたこの曲は、 ハウス・ミュージックっぽい四つ打ちのビートとYMOの”東風”を思い起こさせるアジアン・テイスト溢れる伴奏が不思議な雰囲気を醸し出すダンス・ナンバー。トラックの上をふわふわと揺蕩うコーラスが心地よい曲だ。

それ以外の曲では、ジョージ・アン・マルドロウっぽいしゃがれ声と、ポロポロとつま弾かれるキーボードの伴奏が格好良いヒップホップ・ソウル”Don’t Call My Phone”も面白い。過去にジェイ・ディラのビートを使ったR&B作品をインターネット上で公開していたが、その路線の延長にあるような、抽象的なビートをリズミカルに乗りこなした、軽妙で味わい深いヴォーカルが印象的だ。

また、本作に先駆けてリリースされたマセーゴが客演しているミディアム”Ooh Nah Nah”も捨てがたい、ジャーメイン・デュプリがバウンズ・ビートを使ってリミックスを施した、マックスウェルの”Lifetime”を思い起こさせる、現代的な変則ビートと柔らかい歌声の組み合わせに心が温まる佳曲だ。

この他にも、美しい音色のキーボードを使った伴奏と、ピート・ロックが使いそうな重く、温かいビートを使ったトラックの上で、しゃがれた声を振り絞って語り掛けるように歌うミディアム”The Canvas”や、ヘヴィーなビートと繊細なギターの対照的な個性が光るトラック乗せて、ディアンジェロの”Brown Sugar”のように、リズミカルに言葉を紡ぎ出すヴォーカルが光る”SUGAR”、シンセサイザーを駆使したスペーシーなトラックにエフェクトをかけたヴォーカルの組み合わせが、昔のSF映画のように近未来的な雰囲気を演出する”W$ Boi”など、収録されたどの曲も魅力的で捨て難い、素敵なものばかりだ。

彼の音楽を端的に語るなら、フランク・オーシャンの『Blondie』アンダーソン・パックの『Malib』で取り組んだ、2020年のR&Bを先取りした先進的なサウンドと、ディアンジェロの『Black Messiah』やマット・マーシャンズの『The Drum Chord Theory』が披露した60年代、70年代のソウル・ミュージックの現代的な解釈を両立したものと言っていいと思う。新しいサウンドに挑戦しつつ、昔のブラック・ミュージックの要素を随所に盛り込むことで、奇抜なだけに留まらない、何度も繰り返し聴きたくなる味わい深さを備えているんだと思う。

演奏スタイルもフォーマットも、レーベルの規模も全て違うが、そのクオリティはシドの『Fin』に匹敵する2017年のR&B界にとって重要な作品の一つだと思う。フル・アルバムの発売が今から待ち遠しくなる、充実した内容のEPだ。

Track List
1. New LA feat. Anderson. Paak & King Mez
2. The Canvas
3. Don’t Call My Phone
4. Ooh Nah Nah feat. Masego
5. SUGAR
6. W$ Boi




Her Too [Explicit]
Top Dawg Entertainment
2017-02-10