90年代にはディスティニーズ・チャイルドの前身グループ、ザ・ドールズなど、複数のグループで活動し、2001年にソロへと転向して以降は、RCAシャナチーといった、大手や名門のレーベルからアルバムを発表してきた、インディアナ州インディアナポリス出身のシンガー、キキ・ワイアットこと、キタラ・シャヴォン・ワイアット。彼女にとって、約9ヶ月ぶりの新作にして、初のカヴァー・アルバム。

実は、このアルバムの構想自体は、かなり前からあったものだ。2015年末にアルバム『Rated Love』からの先行シングル、『Sexy Song』を発表した直後に、メアリーJ.ブライジの"I'm Goin' Down"のカヴァーと、カヴァー・アルバムのタイトルを動画投稿サイトで公開している。その後も、新作の録音の合間を縫って、ホイットニー・ヒューストンの"I Will Always Love You"や、ビヨンセの"Love On Top"など、色々な女性シンガーの楽曲のカヴァーを披露してきた。

また、2016年の4月以降は、男性シンガーの楽曲も取り上げるようになる。中でも、同年5月にプリンスが亡くなった直後には彼の"Diamonds and Pearls"をカヴァー。その後も、マーヴィン・ゲイの"What's Going On"を、彼女の兄弟、キーヴァー・ウエストとアコースティック・アレンジでカヴァーするなど、多彩な曲に挑戦していた。

今回のアルバムは、上述のプロジェクトの集大成。一部の曲は再録したようだが、アレンジ等は大きくいじっていない。あくまでも歌で勝負する企画になっている。

まず、今回のアルバムでは最も早い時期に公開された、メアリーJ.ブライジの"I'm Goin' Down"。収録時間は約2分と、原曲の半分に端折られているが、彼女の実力を知るだけなら、これだけでも十分だ。一歩後ろに引き下がるように、慎重に歌う序盤から、伸びやかな歌声が求められるサビまで、流れを途切れさせることなく、すんなりと歌い切る実力の高さは、何度聞いても唖然とする。

つづく、2000年代を代表する2人の女性シンガー、ビヨンセの"Love On Top"とリアーナ"Diamonds"のカヴァーは、両者の音楽性の違いを歌の技術で表現するキキのスキルが堪能できる佳作。負の感情でさえも、包み隠さず 自分の作品に盛り込むことで楽曲に命を吹き込むリアーナと、負の感情を咀嚼して、人生を戦い抜く応援歌に反映しようとするビヨンセという、対照的な作風を、一方に肩入れすることなく、丁寧に表現した魅力的な2曲だ。

一方、男性シンガーの作品に目を向けると、 元ワン・ダイレクションのゼインが2016年に発表した"Pillowtalk"のカヴァーは、原曲のダイナミックな展開にきちんと適応したポップバラードに仕上がっているし、ジェレミーの"Oui"では、ヒップホップの影響が色濃い個性的なビートと、音数が多いメロディをしっかりと乗りこなしているように 、原曲の良さを丁寧に引き出したパフォーマンスが光っている。こちらもなかなか面白い。

だが、本作の目玉は間違いなく三曲のソウル・クラシックのカヴァーだろう。ホイットニー・ヒューストンの"I Will Always Love You"は、原曲同様、伴奏の楽器数を絞ってヴォーカルにスポットを当てたパフォーマンス。序盤のピアニッシモから終盤のフォルテッシモまで、音域、強弱とも、ホイットニーの原曲に負けない水準の、豊かな表現力にはひたすら平伏するしかない。メロディがシンプルな分、歌い手の弱点が露呈しやすいこの曲を選んだあたりに、彼女の自身と、思うように活躍できない現状への不満が垣間見れる。 

また、プリンスのカヴァー"Diamonds and Pearls"は、彼の曲の中では保守的とはいえ、電子楽器を多用して尖ったサウンドに纏め上げたトラックと、ロックの要素を多く含んだラフなメロディが魅力のバラードを、あえてそのままの形でカヴァーした意欲作。鋭いナイフのように聴き手の心に切り込んでくるプリンスのヴォーカルを、あえて優しく包み込むような歌声でカヴァーした発想は面白い。人工物のようなプリンスの声と、精一杯声を振り絞って歌う、キキの人間味溢れる演奏の対照的な個性も本作の聞きどころだ。

そして、キーバー・ウエストとカヴァーしたマーヴィン・ゲイの"What's Going On"は、本作の収録曲では数少ない、大胆なアレンジを施した曲。伴奏をギター中心に絞り、歌を聴かせることに集中した戦略は大成功。繊細な表現に強いキーバーと、ダイナミックな表現もこなせるキキという、タイプの異なるヴォーカルが、お馴染みのメロディに乗せて素敵なパフォーマンスを繰り広げている。

カヴァー・アルバムといえば、アーティストが思い入れのある曲を歌ったり、特定のテーマを持って選曲したりすることが多い中、有名な曲を中心に、色々な曲に触手を伸ばした本作は、ちょっと安易に映るかもしれない。実際、同時代に活躍している有名ミュージシャンの曲や、直近に亡くなったアーティストの作品を多く取り上げているのは、安直以外の何者でもないだろう。だが、難易度も方向性も異なる曲をしっかりと研究して、原曲の面白みを残しつつ、自分の作品に落とし込んだ技術は侮れないと思う。

このアルバムを一里塚にして、早く次のステップを見せて欲しい。そう思わせる高いヴォーカル技術が楽しめる作品だ。

Track List
1. I'm Goin' Down (Mary J. Blige)
2. Love On Top (Beyoncé)
3. Oui (Jeremih)
4. Diamonds and Pearls (Prince and The New Power Generation)
5. Diamonds (Rihanna)
6. Pillowtalk (Zayn)
7. I Will Always Love You (Whitney Houston)
8. This Is What You Came For (Calvin Harris featuring Rihanna)
9. What's Going On feat. Keever West (Marvin Gaye)
10. Tennessee Whiskey (Chris Stapleton)





Keke Covers
Aratek Entertainment
2017-02-14




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