ロス・アンジェルスの音楽一家に育ち、15歳のころからベーシストとしてプロのライブやレコーディングに参加。デビュー前には、本名、ステファン・ブルーの名義で、エリカ・バドゥの『New Amerykah: Part One (4th World War)』や『同Part Two』、ジョン・レジェンドの『Once Again』など、様々なミュージシャンの作品に携わってきた、ミュージシャンで音楽プロデューサーのサンダーキャット。

その後、2011年には現在の名義でアルバム『The Golden Age of Apocalypse』を発表。ジャズをベースに、ヒップホップや電子音楽、ソウル・ミュージックなどの要素を取り込んだ独特の作風で、ジャズやソウルに慣れ親しんだ年配の音楽愛好家から、ヒップホップや電子音楽を好む若いファンまで、幅広い世代の人々から高く評価された。

本作は、2015年にリリースしたEP『The Beyond / Where the Giants Roam』以来2年ぶり、フル・アルバムとしては2013年に発表した『Apocalypse』以来、約4年ぶりとなる新作。マイルス・デイヴィスがエレクトリック・サウンドへ傾倒した作品で世間を驚かせ、マハビシュヌ・オーケストラやウェザー・リポートといった、斬新な音楽性のジャズ・バンドがロック・ファンも巻き込んで大流行した、70年代のコロンビア・レコードのジャズ作品を彷彿させるジャケットが目立つ本作。その内容も、ジャケットのインパクトを裏切らない、昔の音楽を踏まえつつ、斬新なサウンドに挑戦した、前衛的な作品に仕上がっている。

まず、本作を聴いて印象に残ったのが、アルバムに先駆けて発表された”Show You The Way”と”Them Change”の2曲。元ドゥービー・ブラザーズのマイケル・マクドナルドと、彼の代表曲”What A Fool Believes”の共作者としても有名なケニー・ロギンスをフィーチャーした前者は、ドゥービー・ブラザーズやスティーリー・ダンのヒットで一大ブームとなった、スタイリッシュな演奏と流麗な歌唱が特徴的なロック、AORの要素を取り入れたミディアム・ナンバー。フライング・ロータスやトキモンスタの音楽を連想させる、小刻みに鳴るドラムや電子音と、シンプルで洗練されたメロディを丁寧に歌うヴォーカルの対照的な姿が面白い、電子音楽ともソウルとも異なる不思議な雰囲気の曲だ。

一方、『The Beyond / Where the Giants Roam』からの再録になる後者は、アイズレー・ブラザーズの77年のヒット曲”Footsteps in the Dark ”のフレーズを弾きなおしたトラックが心地よいミディアム・バラード。ロナルド・アイズレーの豊かな声としなやかな歌唱を活かしたロマンティックなバラードに、声質が固く、手の込んだ複雑な演奏やトラック作りが得意なサンダーキャットが独自の解釈を加え、美しいメロディと、奇抜なサウンドを両立した面白い曲だ。

余談だが、この2曲では日本のテレビゲーム「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」の効果音が演奏の一部として使われている。どちらの曲でも、指摘されるまで気づかないくらい巧妙に埋め込まれていて、彼の遊び心と、あらゆる音色を自分の音楽の糧にする貪欲さにびっくりしてしまう。

また、ゲスト・ヴォーカルをフィーチャーした楽曲には、他にも面白いものが揃っている。中でも、2015年を代表するヒップホップ作品『To Pimp A Butterfly』で共演したケンドリック・ラマーが参加した”Walk On By”とファレル・ウィリアムズが客演した”The Turn Down”の2曲は、ゲストの意外な一面を引き出した非常に刺激的な楽曲だ。

まず、”Walk On By”はティミー・トーマスの”Why Can We Live Together”を連想させるリズム・ボックスの音色を使ったトラックと、サンダーキャットの色っぽいファルセットが気持ちいいミディアム・ナンバー。絶妙のタイミングで入り込むケンドリック・ラマーの淡白なラップが、ヴォーカルの艶を引き立てるムーディーな楽曲だ。

また、”The Turn Down”は彼のデビュー前に共演経験もある、サーラ・クリエイティブ・パートナーズの新曲と勘違いしそうな、強烈なエフェクターを使った、おどろおどろしいトラックとメロディが異彩を放つヒップホップ・ナンバー。ファレルといえば、奇抜だが耳障りの良い楽曲が多いアーティストで、今回のように幻想的なトラックと退廃的なメロディの作品はおそらく初めてだが、ここまでマッチしているとは正直予想していなかった。

もちろん、ゲスト・ミュージシャンが参加していない録音にも、魅力的な演奏が数多くある。その中でも、特に面白いのはアルバムの3曲目に収められている”Uh Uh”だ。ドラムンベースのようなアップ・テンポの変則ビートに乗せて、ジャコ・パストリアスが乗り移ったかのように複雑なフレーズを素早く、正確に演奏する姿が格好良い、ベーシストとしての彼の魅力が最大限発揮されたインストゥメンタル・ナンバーだ。

そして、さらにもう1曲だけ取り上げるなら、ヒップホップのように精密なビートの上で、マハビシュヌ・オーケストラのパフォーマンスを連想させる、インド音楽の要素を取り入れた即興演奏が格好良い”Blackkk”も見逃せない。マイルスが生きていたら、こんな音楽を作ったんじゃないかという空想が膨らむ、奇抜でありながらじっくりと練り上げられた跡が伺える名演だ。

今回のアルバムは、過去の作品と比べてもヴォーカリストやラッパーの客演が増え、彼自身が歌を吹き込んだ曲の割合も高く、トラックもヒップホップやR&Bのトレンドを意識した、先鋭的でありながら、ポップで洗練されたものが目立っている。

その理由は憶測の域を出ないが、フランク・オーシャンやザ・インターネットの成功で、音楽業界の台風の目となった同郷のヒップホップ・クルー、オッド・フューチャーや、レーベル・メイトのトキモンスタとも幾度となく録音しているR&Bシンガー、アンダーソン・パックのブレイクが大きいのではないかと考える。

彼らの個性的な音楽の成功に刺激され、自分達の尖ったサウンドを守りつつ、ロックやヒップホップの要素を取り入れることで、自分達の音楽を幅広い層にアピールできると踏んだのかもしれない。もっとも、彼はデビュー前から、エリカ・バドゥやビラルなど、多くの個性派R&Bシンガーと仕事をしていたので、彼女達から受けた刺激の方が大きいかもしれないが。

本作でのサンダーキャットは、ケンドリック・ラマーやフランク・オーシャンといった、メジャー・レーベルで成功を収めた前衛ヒップホップ、R&Bのアーティストを意識しすぎて、彼の持ち味である、大胆な発想と、それを可能にする演奏技術がちょっと影を潜めた感もある。だが、ジャズとヒップホップとソウルを股にかけ、一つの音楽に落とし込んだ作品としてのクオリティは間違いなく極めて高い。そう断言できる2017年を代表する傑作だと思う。

Producer
Flying Lotus, Thundercat etc

Track List
1. Rabbot Ho
2. Captain Stupido
3. Uh Uh
4. Bus In These Streets
5. A Fan's Mail (Tron Song Suite II)
6. Lava Lamp
7. Jethro
8. Day & Night
9. Show You The Way (feat. Michael McDonald & Kenny Loggins)
10. Walk On By (feat. Kendrick Lamar)
11. Blackkk
12. Tokyo
13. Jameel's Space Ride
14. Friend Zone
15. Them Changes
16. Where I'm Going
17. Drink Dat (feat. Wiz Khalifa)
18. Inferno
19. I Am Crazy
20. 3AM
21. Drunk
22. The Turn Down (feat. Pharrell)
23. DUI
24. Hi (feat. Mac Miller) (Bonus Track)