2011年にシングル『Click Me』でデビュー。その後、2013年にリリースしたアルバム『Red Light』が国内チャートで最高4位を獲得、2014年にはコリアン・ミュージック・アワードの最優秀R&B、ソウル・アルバム賞を獲得した韓国出身のシンガー・ソングライター、ザイオンTことキム・ヘソル。彼がデビュー以来契約していたアモエバ・ミュージック(アメリカにある同名のレコード・ストアとは無関係)からYG傘下のブラック・レーベルに移籍後、初めてのアルバムとなる8曲入り(うち1曲はインストゥルメンタル)のEPを、自身のプロデュースで発表した。

本作を配給しているYGエンターテイメントといえば、これまでにも”江南スタイル”を流行させたPSYや、アジア人初のウェンブリー・アリーナ公演を含む複数回の海外ツアーを行っているBIGBANG(余談だが、メンバーのG-Dragonもアジア人のソロ・アーティストでは同会場初となる公演を行っている)、2017年初頭に発表されたガラントとのコラボレーション・シングル『Cave Me In』が話題になったタブロの所属するエピック・ハイ(ただし、彼らは他社からの移籍組)など、海外、特にアメリカやヨーロッパの市場に強いレーベル。

また、彼が所属する同社傘下のブラック・レーベルを率いるプロデューサー、テディ・パクも、EDMの要素を取り入れたBIGBANGの”Fantastic Baby”や、グウェン・ステファニを彷彿させるポップスと電子音楽を融合させたサウンドが印象的な2NE1の”Lollipop”を手掛けるなど、欧米のポップスへの造詣が深いことで知られている。だが、今回のアルバムでは、YGが得意とするEDMやトラップの要素は抑えられ、ザイオンの歌唱力にスポットを当てた作品で勝負している。

アルバムの1曲目”Cinema”は、ボサノヴァの要素を取り入れた、繊細なギターの音色と物悲しいメロディが光るミディアム・ナンバー。アメリカのR&Bと比べると抑え気味、だがボサノバやジャズに比べると太く重いベースが生み出すダイナミックなグルーヴが心地よい楽曲。同様の路線は”The Bad Guy”でも垣間見えるが、こちらは、テイ・トウワの”甘い生活”を連想させる、ムード歌謡(韓国ではなんと分類されているのだろうか)っぽい、妖艶なメロディを混ぜ込んだミディアムだ。

続く”The Song”は、ピアノっぽい音色のキーボードの演奏をバックに、じっくりと歌い込むミディアム・バラード。流れるようなメロディは彼の爽やかな歌声と相性が良いと思う。個人的な印象だが、三浦大知が歌いそうな、スタイリッシュで洗練された雰囲気の佳曲だ。余談だが、G-Dragonが参加した”Complex”ではなく、この曲をシングル・カットしたあたりに、彼の本作に賭ける意気込みと自身を伺わせる。

それ以外の曲では、ラッパーが参加した2曲”Sorry”と”Complex”も捨てがたい良曲だ。

『Red Light』に収録されている”She”でも競演しているソウル出身のラッパー、ベンジーノとコラボレーションした前者は、乾いた音色のギターと、古いレコードからサンプリングしたような温かいドラム音を使ったヒップホップのビートが印象的なミディアム・ナンバー。ヒップホップのトラックを使った曲は過去にも録音しているが、生楽器やそれっぽい音色を多用したトラックは彼の曲では珍しい。間奏がジャネット・ジャクソンの”That’s The Way Love Goes”に少し似ているのは、作者の遊び心だろうか?

そして、本作の隠れた目玉ともいえる”Complex”は、BIGBANGのG-Dragonをフィーチャーしたミディアム・ナンバー。両者のコラボレーションはG-Dragonのアルバム『Coup d'Etat』に収録されている”I Love It”以来だが、楽曲提供やコラボレーションの経験が豊富な二人だけあって、今回も両者の個性が上手く混ざり合った楽曲に落とし込まれている。キーボードの伴奏をバックにしんみりと歌うザイオンと、肩の力を抜いて語り掛けるように言葉を紡ぐDragonのラップは、これまでの2人の作品ではあまり見られなかったスタイルだが、しっかりと自分達の表現に取り込めているように映った。

今回のアルバムは、”Fantastic Baby”や”Lollipop”に代表される”Kポップらしい”楽曲や、ウィークエンドやドレイクといったアメリカの人気シンガーのスタイルをアジア人向けに翻訳した音楽を期待する人には、ちょっと期待外れの作品かもしれない。事実、この文章を書いてる時点では、ヒット・チャートなどを見る限り、本国や日本を含むアジア諸国よりも、アメリカなどの欧米地域での評価が高いようだ。だが、低音を絞り、楽器やヴォーカルの響きまで効果的に使った録音は、近年のR&Bやヒップホップに多大な影響を与えているオルタナティブ・ロックやフォーク・ソングの手法を意識しつつ、それを声が細く、繊細な表現が得意なアジア人歌手に合わせて咀嚼したもので、欧米の音楽を意識しながら発展してきたKポップの歴史をきちんと踏襲しているように見える。

日本人の自分の耳には、90年代の日本で流行し、海外でも一部の熱狂的なファンを生み出した、渋谷系のリメイクのように聴こえて面白いと思った一方、その価値や手法を海外のミュージシャンに発掘、活用されてしまったのがちょっと残念に思えてしまった。本作のようなスタイルが今後も続くとは思わないが、アジアから欧米のポップス市場に打って出る戦略の一つとして、非常に新鮮な作品だと思った。

Producer
Zion.T, Peejay

Track List
1. Cinema
2. The Song
3. Comedian
4. Sorry feat. Beenzino
5. The Bad Guys
6. Complex feat. G-Dragon
7. Wishess
8. Cinema (Instrumental)





Zion.T アルバム - OO
Zion.T
YG Entertainment
2017-02-17