宣教師の父のもとで、幼いころから音楽の才能を開花し、91年にEMIと契約すると、デビュー前の新人ながら、ボーイズIIメンやキース・スウェットらが参加した企画シングル”U Will Know”のソングライターに抜擢されるなど、若いころから華々しい活躍を見せてきたバージニア州リッチモンド出身のシンガー・ソングライター、ディアンジェロこと、マイケル・ユージン・アーチャー。

1995年に、初のフル・アルバム『Brown Sugar』をリリースすると、ヒップホップのシンプルなダイナミックなビートと、生演奏を使った、往年のソウル・ミュージックを連想させる温かい演奏を融合した斬新な作風で、音楽ファンの注目を集めた。その後も、2000年には『Voodoo』を 2014年には『Black Messiah』を発表。寡作ながら、多くの人の記憶に残る傑作を残してきた。

今回のアルバムは、95年に発売したデビュー作の新装版。オリジナル盤の収録曲(ディスク1の1~11曲目)に本作が初出のリミックスなどを加えた、豪華なものになっている。

本作の目玉である追加曲に目を向けると、最初に目を惹くのはプロデューサーの仕事も多いイギリスのジャズDJ、ドッジがリミックスを担当した”Brown Sugar”だ。原曲と同じ音色を使いつつ、キーボードの激しい演奏を、しっとりとした伴奏に置き換えたアレンジが光る作品だ。発売された当初は、オリジナルに比べて地味な印象を抱いたが、改めて聴き返すと、ディアンジェロの歌声を際立たせたアレンジの妙味が光っている。

これに対し、インコグニートが制作した同曲のリミックスは、原曲のヴォーカルを残しつつ、伴奏の大半を新しく録音し直したもの。イントロを聴いた瞬間、インコグニートの仕事とわかる爽やかで上品な伴奏に、ディアンジェロのドロドロとした歌唱が乗っかったアレンジは奇抜にも映るが、実は相性が良い。普段はジャズやソウルに傾倒したスタイリッシュなパフォーマンスを披露することが多い彼らだが、この曲ではディアンジェロに合わせて、ヒップホップのビートや抽象的なフレーズを盛り込んでいることが功を奏している。同じ生演奏を多用した作風ながら、全く異なる音楽性でファンを魅了していた両者の持ち味が一つの音楽に同居した面白い作品だ。

それ以外の曲では、DJプレミアをリミキサーに起用した”Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine Two Way”のリミックスも面白い。古いレコードの音色をコラージュして、ソウルフルで躍動感溢れるビートを数多く生み出してきたDJプレミアだが、この曲では音と音の隙間を効果的に使うディアンジェロの作風に合わせて、音数の少ないシンプルなトラックを用意している。プリモが制作に携わった『Voodoo』からの先行シングル”Left & Right”では、パンチの聴いたビートに、メソッドマンとレッドマンの荒々しいラップを組み合わせた斬新な作品だったが、こちらはディアンジェロの作風をベースにヒップホップの要素を追加したものだ。好みは分かれると思うが、個人的にはこちらの方がディアンジェロの作風と合っていると思う。

そして、本作の最後に入っている”Cruisin’”は、スモーキー・ロビンソンが79年に発表したシングル曲のカヴァー。95年に発売されたプロモーション用レコードにも入っていたが、正式にCD化されるのは今回が初となる。ほかの曲はリミキサーが明らかになっているが、この曲を含む複数の曲ではクレジットが明らかになっていない。ベタっとした音を使ったヒップホップのビートは、マーク・モリソンのようなイギリスのR&Bシンガーを思い起こさせる。90年代のトレンドが垣間見える佳作だ。

このアルバムを聴いていて驚くのは、追加曲を含むほとんどの作品が90年代に録音されているにも関わらず、今も新鮮に聴こえることだろう。もちろん、彼自身が佳作で作風の変化が小さいことも大きいが、それ以上に、メロディ、歌、演奏の全てが聴きどころという点も大きいと思う。そして、この完成度が極めて高い曲に、音を足したり引いたりして、新しい表情を吹き込むクリエイターの存在も目立っている。音楽配信サービスの隆盛によって、プロやアマチュアのクリエイターが多くのリミックス作品を発表する時代になったが、このアルバムに収められているような楽曲の持ち味を尊重しつつ、クリエイターの独自性を打ち出したものはそれほど多くないと思う。

ディアンジェロの音楽が一時の熱狂で評価されたものではない「不朽の名作」であること、彼だけでなく、本作を傑作にしたのは、彼一人の才能ではなく、作品に関わった全てのクリエイターの才能と技術によるものであることを再認識させられる名企画。彼の音楽を聴いたことがない人はもちろん、オリジナル盤を持っている人にもぜひ聴いてほしい。価値のある特別版だ。

Producer(Original Version)
D'Angelo, Kedar Massenburg, Ali Shaheed Muhammad, Bob Power, Raphael Saadiq

Track List
Disc 1
1. Brown Sugar
2. Alright
3. Jonz In My Bonz
4. Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine
5. Sh*t, Damn, Motherf*cker
6. Smooth
7. Cruisin'
8. When We Get By
9. Lady
10. Higher
11. Brown Sugar A Cappella
12. Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine A Cappella
13. Brown Sugar Instrumental
14. Lady Just Tha Beat Mix/featuring AZ (Remixed by DJ Premier for Works of Mart Productions, Inc.)
15. Brown Sugar Soul Inside 808 Mix (Mix by DJ Dodge)

DISC 2
1. Brown Sugar King Tech Remix feat. Kool G. Rap
2. Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine Def Squad Remix feat. Redman (Remixed by Erick Sermon for Funk Lord Productions)
3. Cruisin' Cut The Sax Remix (Remix by King Tech)
4. Lady Just Tha Beat Mix/featuring AZ (Remixed by DJ Premier for Works of Mart Productions, Inc.)
5. Brown Sugar Soul Inside 808 Mix (Mix by DJ Dodge)
6. Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine Two Way Street Mix (Remixed by DJ Premier for Works of Mart Productions, Inc.)
7. Cruisin' Dallas Austin Remix)
8. Lady 2B3 Shake Dat Ass Mix (Remix produced by Neville Thomas and Pule Pheto for 2B3 Productions)
9. Brown Sugar Incognito Molasses Remix
10. Me And Those Dreamin' Eyes Of Mine Dreamy Remix (Remixed by Erick Sermon for Funk Lord Productions)
11. Cruisin' Wet Remix
12. Brown Sugar Dollar Bag Mix
13. Cruisin' God Made Me Funky Remix
14. Brown Sugar CJ Mackintosh Remix (Additional production and Remix by CJ Mackintosh)
15. Lady CJ Mackintosh Mix Radio Edit (Additional production and Remix by CJ Mackintosh)
16. Cruisin' Who's Fooling Who Mix





ブラウン・シュガー(デラックス・エディション)
ディアンジェロ
ユニバーサル ミュージック
2017-08-25