歌謡曲中心だった韓国の音楽界に、ヒップホップやR&Bを持ち込んで成功を収めたセオ・タジ&ザ・ボーイズのメンバー、ヤン・ヒョンソクが96年に立ち上げたYGエンターテイメント。設立当初は韓国で着実にヒット曲を生み出していたが、2012年にPSYの”GANGNAM STYLE”とビッグバンの”Fantastic Baby”という二つのヒット曲を送り出したことで、世界から注目を集める。

同社は現在、ウィナーやアイコン、ブラックピンクといったヴォーカル・グループを売り出す一方、リル・ヨッティの作品に客演し、2017年のサマー・ソニックではブラック・アイド・ピーズのステージで共演したことも話題になった、アメリカを拠点に活動する女性ラッパーのCLや、ガラントとのコラボレーションも記憶に新しいタブロを擁するエピック・ハイのようなラップ・グループなど、個性豊かなタレントを抱える総合企業として存在感を示している。

そんな同社が、現在力を入れているのが二つのサブ・レーベル。なかでも、”Fantastic Baby”を含む多くのヒット曲を手掛けてきたテディ・パクが運営するブラック・レーベルは、YGエンターテイメント所属のタレントに楽曲を提供したり、彼らとコラボレーションしたりするなど、コアな音楽ファンを意識した作風の会社ながら、メジャーの音楽シーンを意識した活動が目立っている。

このアルバムを制作したピージェイも、ブラック・レーベル所属のクリエイターの一人。既にインディー・レーベルで多くの実績を上げていた彼は、同社でも2016年に移籍したザイオンTの『OO』を共同プロデュースし、YGの看板グループ、ビッグバンのリード・ヴォーカル、テヤンのソロ・アルバム『White Night』では、アルバムの最後を飾る”Tonight”を制作するなど、主にR&B作品で優れた仕事を残してきた。

今回のアルバムは、2014年の『Walkin’』の続編。ゲストにはテヤンやザイオンT、カッシュといったYGや系列レーベルに所属するアーティストのほか、ベーンジーノやB-フリーといった他社所属の実力派ラッパー、サッチャル・ユーンやジョーン・ユー・ジョンといった演奏家を招き、生演奏と電子楽器を組み合わせた独自の音楽に取り組んでいる。

インストゥメンタル作品のオープニング曲”After Summer Day”から続く”Stranger”は、ザイオンTとのコラボレーション曲”Just”や、少女時代のテヨンをフィーチャーした”Don't Forget”などがヒットしている男性シンガー、クラッシュを招いたアップ・ナンバー。ドラムとベースにシンセサイザーを使った太いグルーヴと、しなやかなメロディが心地湯良いアップ・ナンバー。しなやかなメロディと洗練されたバック・トラックはドネル・ジョーンズの”U Know What’s Up”やカール・トーマスの”She Is”を連想させるが、こちらの曲はクラッシュの甘い歌声を強調した優しい雰囲気に仕上がっている。

これに対し、ザイオンTを起用した”Na B Ya”は、ハウス・ミュージックを連想させる四つ打ちを軸にしたビートと、ザイオンTの繊細なヴォーカルを活かした緻密でキャッチーなメロディが魅力のアップ・ナンバー。線が細く、声質が固いザイオンの声を際立たせるため、シンセサイザー中心のシンプルな伴奏に纏め上げたピージェイのセンスが光っている。生演奏を多用した曲が多いアルバムの中で、電子楽器を駆使したこの曲を違和感なく聴かせる技術は、クラブ・ミュージック畑の本領発揮といったところか。

だが、本作の目玉は、なんといってもYGの看板グループ、ビッグバンのテヤンと、ブラック・レーベルの共同経営者で、音楽プロデューサーとしても活動しているカッシュを招いた”Warigari”だろう。 90年代のヒップホップを連想させる、太く温かいビートとジョーンの色っぽい音色のギターを組み合わせた伴奏をバックに、テヤンのダイナミックなヴォーカルを聴かせるミディアム・ナンバーだ。レゲエ・グループ、ストーニー・スカンク出身のカッシュの高揚感溢れるラップが、上品な雰囲気の楽曲を適度に盛り上げている。楽曲はピージェイが手掛けたテヤンの”Tonight”にも少し似ているが、キャッチーで陽気な雰囲気のこちらの方がテヤンのファンにはウケそうだ。

また、ラップものではベーンジーノを起用した”I Drive Slow”が特徴的。機械で作ったビートを軸に、生演奏を加えるスタイル自体は、珍しいものではないが、アドリブを盛り込みつつ、それがレコードからサンプリングされた音ネタのように機能している点は面白い。韓国の人気ラッパーでは珍しい太く硬い声質のベンジーが、歌とラップを使い分けながら、巧みにトラックを乗りこなす姿にも着目してほしい。90年代のヒップホップを踏襲した楽曲に、新しい技術や表現を埋め込んで新鮮な音に聴かせる二人の遊び心が光る作品だ。

今回のアルバムは、彼がこれまでに発表してきた作品同様、生楽器と電子楽器の音を組み合わせたものになっている。韓国のポップスといえば、ビッグバンの”Fantastic Baby”やBTSの”Blood Sweat Tears”に代表される、トラップやEDMといった電子音楽の印象が強いが(もちろん、シンブルーやAKMUのような例外もいる)、このアルバムはそれとは異なる、ジャジー・ジェフやミツ・ザ・ビーツのような生音をヒップホップと融合したサウンドで、音楽シーンの真ん中に挑戦している。彼のスタイルはYGエンターテイメントや、同社のサウンドを支えるテディ・パク達プロデューサー陣とは大きく異なるが、彼らとは異なるスタイルでありながら、きちんとヒットに結び付く作品を作っている点は、流石としか言いようがない。

このアルバムを聴くと、R&Bやヒップホップの世界で流行しているサウンドを取り入れながら、急成長を遂げた韓国の音楽市場が成熟し、多彩な作品を送り出す段階に入ったことを改めて感じさせる。彼のようなミュージシャンがどこまで通用するのか、韓国だけでなく、アジアの音楽シーンの転換点になりそうだ。

Producer
Peejay

Track List
01. After Summer Day feat. Yun Seok Cheol & Jeong Yoo Jong
02. Stranger feat. Crush
03. Na B Ya feat. Zion.T
04. Warigari feat. Kush & Taeyang
05. I Drive Slow feat. Beenzino
06. Stay feat. Kumapark
07. Say No feat. Masta Wu
08. Thinking About You feat. B-Free
09. Moonstruck feat. Qim Isle & Oh Hyuk
10. Outro





PEEJAY/ WALKIN’ VOL.2 (CD) 韓国盤 ピージェイ
PEEJAY/ WALKIN’ VOL.2 (CD) 韓国盤 ピージェイ