2016年にリリースしたアルバム『Wings』が世界的なヒットになったことで、その名を世界に知らしめた、韓国のボーイズ・グループBTS(漢字圏では「防弾少年団」表記)。

2017年には5作目のEP『Love Yourself: Her』を発表。全米総合アルバムチャートの7位に入り、63年に坂本九のベスト・アルバムが記録した14位を上回っただけでなく、アジア出身の歌手としては史上初のトップ10入りを達成するなど、アジアのポップス史に残る大きな成功を収めた。また、同作からのリカット・シングル”Mic Drop”スティーヴ・アオキによるリミックスは、全米総合シングル・チャートの25位に入り、ゴールド・ディスクを獲得。73年にピンクレディの”Kiss In The Dark”が残した37位を超えただけでなく、フィフス・ハーモニーの”Down”の44位を押さえて、ヴォーカル・グループ作品の同年最高位を記録するなど、多くの足跡を残した。

また、2018年に入るとラップ担当のJ-Hopeの初のソロ作品『Hope World』を公開。韓国出身のソロ・アーティストとしては最高記録となる、全米総合アルバム・チャートの38位に入っただけでなく、インターネット経由で無料ダウンロードも可能だったにも関わらず、初週だけで8000ユニットが購入されたことでーも話題になった。

そして、4月にはデフ・ジャム・ジャパンから発売されたシングル曲に新曲を加えた日本語アルバム『Face Yourself』を発表。外国人でありながら、男性グループの日本語作品で、初めて欧米のヒット・チャートに入るという珍しい記録も打ち立てた。

本作は、韓国語の録音作品としては『Love Yourself: Her』以来、約半年ぶりとなる新作。プロデュースは『Wings』同様、彼らの作品を数多く手掛けてきたビッグヒット所属のプロデューサー、Pドッグが大部分の曲を担当。それ以外にも”Mic Drop”のリミックスで腕を振るったスティーヴ・アオキや、タイラー・アコードといった海外のヒットメイカーが携わった曲や、メンバーのジョングクがプロデュースした曲も収めるなど、大きな成功を収めた後の作品とは思えない、堅実な構成のアルバムになっている。

アルバムからの先行シングル”FAKE LOVE”は、Pドッグのプロデュース作品。シンセサイザーを駆使してスタイリッシュに纏め上げたトラックと、滑らかなメロディの組み合わせは、アッシャートレイ・ソングスの近作を思い起こさせる。ミディアム・バラード向けのトラックで、テンポよく言葉を繰り出す3人のラップと、4人の色っぽい歌声の組み合わせが光る好曲だ。アメリカやヨーロッパで流行しているサウンドを取り入れつつ、きちんと韓国のポップスに落とし込んでいる。

続く、”The Truth Untold”は、スティーヴ・アオキとの2度目のコラボレーション曲。しかし、この曲が本作最大の曲者。伴奏にはシンセサイザーを多用しているものの、躍動感のあるビートも高揚感のあるフレーズも一切入っていない、切ない雰囲気のスロー・バラードなのだ。事前情報を一切入れずに聴いた人なら、まず、スティーヴの作品とは思わない、哀愁を帯びたメロディが魅力のバラード。だが、余計な情報を忘れて、純粋に音楽として聴くと、7人の個性豊かな歌声と、シンプルなメロディの相性が素晴らしいことに気づかされる。世界を相手に知恵と実力で戦ってきた両者らしい、意外性に富んだ発想と、高い実力が伺える楽曲だ。

また、それ以外の曲で見逃せないのは、Pドッグがプロデュースした”Airplane pt.2 ”だ。J-Hopeのソロ作品『Hope World』の収録曲の続編という位置づけだが、注目すべきはそのサウンド。レゲトンやサルサのエッセンスをふんだんに盛り込み、熱く妖艶な雰囲気のラテン・ポップスに落とし込んでいる。本場の歌手と比べても遜色のないエロティックなものになっている、ダディ・ヤンキーのスタイルを取り込んだRMやSugaのラップも堂に入っている。2017年にはルイス・フォンシの“Despacito”が世界的なヒットになり、2018年に入ってからも、韓国の男性グループ、スーパー・ジュニアがラシール・グレースをフィーチャーした“Lo Siento“をリリースするなど、北米を中心に世界の音楽市場で人気のある、中南米の音楽を取り入れた良曲だ。

そして、”The Truth Untold”以上に、異彩を放っているのがPドッグがプロデュースしたヒップホップ作品”Anpanman“だ。自らをアンパンマン(これは、グループ名の韓国語発音Bangtanに引っ掛けている)になぞらえ「僕には逞しい筋肉や特別な能力もないし、バットマンのような凄い自動車も持ってないけど、愛する君のところに直ぐに飛んでいくし、君のために全てを捧げるよ。だから(アンパンマンみたいに)僕の名前を呼んで(大意)」という、ウィットに富んだ歌詞と、レゲトンのリズムを取り入れた軽妙なサウンドの組み合わせが面白い曲だ。前作『Wings』でも、ケブ・モーの渋いブルース作品”Am I Wrong“をポップなダンス・ナンバーにリメイクしたことも記憶に新しい、彼らのセンスが遺憾なく発揮されている。

このアルバムの面白いところは、R&Bやヒップホップ、ラテン音楽のエッセンスをふんだんに取り入れながら、歌、ダンス、ラップを織り交ぜたパフォーマンスを繰り出す、ヴォーカル・グループの強みを遺憾なく発揮している点だ。平均年齢24歳(発売時点)という、若さを活かした爽やかな歌声と、厳しい鍛錬や年齢の割に豊富な音楽経験を活かした多彩な表現。様々なビートを乗りこなしてきたラッパー達の変幻自在なパフォーマンスが、個性豊かな楽曲の魅力を引き出しつつ「彼らの音楽」に落とし込むのに一役買っている。また、バラードを含むバラエティ豊かな楽曲が、ハードで複雑なパフォーマンスが魅力の彼らの手によって、ステージではどのように披露されるのか、想像を掻き立てるものになっている点も見逃せない。

スパイス・ガールズが「イギリス人らしさ」を、ジャスティン・ビーバーが「カナダ人らしさ」を打ち出すよりも、「自分らしさ」を前面に押し出して多くの人から愛されたように、「韓国人らしさ」よりも「BTSらしさ」を強くアピールすることで、流行のサウンドを自分達の音楽に昇華させた魅力的な作品。新しい音を取り込みながら、あくまでもポップスターであり続ける、センスの良さとバランス感覚が光る親しみやすさと奥深さが心に残る名盤だ。

Producer
Pdogg, Steve Aoki, lophiile, Jungkook, Hiss noise, ADORA etc

Track List
1. Intro : Singularity
2. FAKE LOVE
3. The Truth Untold feat. Steve Aoki
4. 134340
5. Paradise
6. Love Maze
7. Magic Shop
8. Airplane pt.2
9. Anpanman
10. So What
11. Outro : Tear