21世紀のヒップホップ・シーンにおいて、ジェイZファレル・ウィリアムスに匹敵するトレンド・セッターとして、常に新しいサウンドを生み出しているカニエ・ウエスト。

アトランタ生まれ、シカゴ育ちの彼は、90年代後半から音楽プロデューサーとしてジャギド・エッジやタリブ・クウェリなどにビートを提供。特に、ジェイZが2001年にリリースした”Izzo (H.O.V.A.)”では、ジャクソン5の”I Want You Back”のレコードを、回転数を変えてサンプリングする手法で、シンセサイザーをつかったトラックが主流だった当時のヒップホップの世界に、再びサンプリング・ブームを起こした。

また2004年に初のスタジオアルバム『The College Dropout』を発表。ソウル・ミュージックの早回しを用いたトラックと、自身の交通事故や大学中退といった、ユニークな題材を盛り込んだリリックがウケた彼は、アメリカ国内だけで340万枚を売り上げるなど、一気に大ブレイク。翌年には『Late Registration』を発売。映画「007」の主題歌としても有名な、同名曲をサンプリングした”Diamonds from Sierra Leone”( 邦題:ダイヤモンドは永遠に)などを収めた本作は、ヒップホップにおけるオーケストラの活用法を示して、多くの音楽賞を獲得した。

その後も、シンセサイザーだけでビートを組み立て、言葉数の多いラップではなく、オートチューンで声を加工した歌を乗せることで、大規模なロック・フェスが盛んな時代に対応した『808s & Heartbreak 』や、シンセサイザーを使いつつ、より尖ったサウンドで、ハードなヒップホップを作り上げた『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』など、斬新な作品を次々と発表。グラミー賞だけで34個獲得し、多くの全米ナンバー・ワン・ヒットを送り出すなど、多くの足跡を残してきた。

このアルバムは、2016年にリリースされた『The Life of Pablo』以来となる、通算8枚目のスタジオ・アルバム。配信限定で発表(後にアナログ盤も限定リリース)されるなど、メジャー・レーベル所属の人気ミュージシャンらしからぬ販売方法で、物議をかもした。本作も前作同様配信限定のリリースで、プロデューサーとして『Graduation』以降の作品に関わっているマイク・ディーンや、ドレイクなどの作品に携わっているフランシス&ライツなどが参加。7曲23分というこれまでの作品に比べると小粒な内容だが、密度の濃い作品になっている。

本作の1曲目は、ドレイクを彷彿させる歌うようなラップが印象的な”I Thought About Killing You”。冒頭では詩を読むように言葉を紡いでいた彼が、ベースの音が入ると同時に歌うようにラップをする姿が印象的な作品。4分超の曲ながら、複数のビートを使い分け、曲中でラップのスタイルを切り替える手法のおかげで、イントロのような短い曲に聴こえる。

続く”Yikes”は、『808s & Heartbreak 』に収録されている”Heartless”を連想させる、ベースの音を強調したシンプルなトラックと、歌とラップを組み合わせたパフォーマンスが光る作品。敢えて柔らかい音色を使うことで、サンプリング作品のような温かい雰囲気を演出する手法と、歌とラップを明確に切り分けて使うスタイルでメリハリをつけている点が面白い。個性的なクリエイターやゲストを招くことで、楽曲に起伏をつける方法が流行している中、それを一人で実現している点が聴きどころ。

これに対し、リバーランドW.A.ドナルドソンの”Baptizing Scene”を引用した”Wouldn't Leave”は、スロー・テンポでありながら、複数のドラムの音を組み合わせた軽妙なトラックが特徴の作品。ゴスペルの歌詞を取り入れたブルースををサンプリングした曲らしく、ラフに歌うラップとヴォーカルやパーカッションのように使われるシンセサイザーの演奏が面白い。電子楽器が多様される2018年であっても、ブルースの持つイナたい空気は醸し出せることを証明した良曲だ。

また、エドウィン・ホーキンズ・シンガーズの”Children Get Together”などをサンプリングした”No Mistakes”は、ゴスペル音楽の荘厳で躍動感のあるパフォーマンスと、重低音を効果的に使ってグルーヴを生み出すヒップホップの手法を混ぜ合わせた作品。シンセサイザーを軸にしたシンプルな伴奏が、限られた楽器しか使えない中、歌の表現で多彩な楽曲を生み出したゴスペルと上手く一体化している。早回しに頼らないサンプリングが多い近年の彼らしい楽曲だ。

今回のアルバムは、過去の作品に比べると、リスナーの度肝を抜く斬新さは乏しいかもしれない。しかし、収録曲をじっくりと聴くと、ブルースやゴスペルのスタイルを取り入れ、全く違う発声法の歌とラップを使い分けるなど、多くのアーティストが取り組んできた難題に挑み、具体的な作品に落とし込んでいる。この、「簡単そうで難しいこと」を積み上げて、派手さはないが、ありそうでなかった音楽を作り上げたのは、彼の技術とセンスの賜物だろう。

近年は作品よりもゴシップが目立つ彼だが、音楽に対する鋭い嗅覚と、具体的な作品を構築するスキルは全く衰えていない。そう感じさせる良作だ。

Producer
Kanye West, Mike Dean, Francis and the Lights, Apex Martin, Benny Blanco, Che Pope

Track List
1. I Thought About Killing You
2. Yikes
3. All Mine
4. Wouldn't Leave
5. No Mistakes
6. Ghost Town
7. Violent Crimes