1996年にアルバム『True To Myself』でデビュー。その後は、”You're the Only One”やタミアをゲストに招いた”Spend My Life with You”などのヒット曲と、『A Day in the Life』や『Love & Life』などの優れたアルバムを残してきた、ミルウォーキー出身のシンガー・ソングライター、エリック・ベネイ。彼にとって、スタジオ・アルバムとしては2014年の『From E To U : Volume 1』以来2年ぶり9枚目、アメリカ国内で配給されたアルバムとしては2012年の『The One』以来4年ぶり7枚目となるオリジナル・アルバム『Eric Benét』が、自身のレーベル、ジョーダン・ハウスから発売された。
古いレコードからサンプリングしたフレーズや、シンセサイザーの音色を多用した、ヒップホップ寄りのR&Bが流行していた90年代中期。そんな時代に、彼は、生演奏による伴奏と、スマートで色っぽいハイ・テナー組み合わせたスタイルを携えて音楽シーンに登場。年季の入ったソウル・ファンから若い音楽ファンまで、幅広い層から支持を得てきた。
それから約20年、今や、生演奏を使ったR&Bは、ブルーノ・マーズからアデルまで、色々なミュージシャンのアルバムで聴かれるようになったし、ファレル・ウィリアムズのように、スマートなファルセットやハイ・テナーをトレード・マークにする歌手も増えてきた。だが、どれほど時代が変わっても、彼の音楽が多くの人から愛され続けているのは、流麗で親しみやすいメロディと、ハイトーンだが柔らかい歌という、確固たる個性が確立されていいるからだろう。
さて、本作の収録曲はというと、まず、アルバムのオープニングを飾る”Can't Tell U Enough”は、華やかなホーンで70年代のソウル・ミュージックっぽい豪華な雰囲気を演出したトラックに、滑らかなファルセットが乗っかった、2000年以降のプリンスっぽいファンク・ナンバー。ヒップホップの影響を感じさせる重めのビートを取り入れつつ、過去の作品でも数多く収録されている、少しゆったりとしたテンポのアップ・ナンバーを1曲目に持ってきたところが、作風がブレないことで定評のある彼らしくて格好良い。
続く、”Sunshine”は、艶めかしいギターの音色を軸にしたシンプルな伴奏の上で、繊細な歌声をじっくりと聴かせるスロー・ナンバー。ベイビーフェイスの『Playlist』に収録されていても不思議ではない、美しいメロディとみずみずしいテナーが堪能できる本作の目玉だ。一方、日本盤CDと配信バージョンのみに収められている同曲のリミックス・ヴァージョンは、”Spend My Life with You”で共演したタミアをフィーチャーしたデュエット。ギターの伴奏をキーボードに差し替えるなど、90年代の録音を彷彿させるモダンで洗練されたトラックをバックに、二人が交互に歌うロマンティックな曲だ。オリジナル・ヴァージョンでは、他の曲ではあまり見せないワイルドな歌声を響かせるエリックと、円熟した大人の色気を漂わせるタミアの歌が絡みあう 、本作一番の聴きどころだ。
それ以外の曲では、パンチの聴いたドラムとや力強いギターなど、一つ一つの楽器の音色がはっきりした演奏の上で、力強い歌唱をじっくりと聴かせるスロー・ナンバー”Insane”や、マーク・ロンソンの”Uptown Funk”などのヒットで盛り上がっている四つ打ちのビートと、ホーン・セクションやギター、キーボードなどの音色を重ね合わせたモダンな演奏をバックに、クール&ザ・ギャングっぽい軽快なメロディを聴かせる”Cold Trigger”。日本人の耳にはどうしても山下達郎の”Sparkle”っぽく聞こえてしまう、爽やかなエレキ・ギターのリフを取り入れたラフな雰囲気のトラックと、MCライトのワイルドなラップが、エリックの洗練されたヴォーカルを引き立てる”Holdin' On”や、ディジー・ガレスピーとも競演している、キューバ出身のジャズ・トランペット奏者、アルトゥーロ・サンドヴァルが切れ味鋭い演奏を披露するサルサ・ナンバー”Run To Me”(曲の所々で挟みこまれる、異様にセクシーな声の持ち主は誰なんだろう?)など、いずれも魅力的で捨てがたい、ハイレベルな曲が並んでいる。
実は、この文章を書く前に、過去の作品も一通り聴きなおしてみた。そして、彼が発表した楽曲を聴き続ける中で強く感じたことは、エリックが自分のスタイルを貫きながらも、時代の変化に合わせて、核以外の部分を微妙に調整しているということだった。流麗なメロディを、繊細でしなやかなハイ・テナーを使って丁寧に歌い上げるというスタイルは、デビュー当時から変わっていないが、アレンジや音の仕上がりは、時代によってかなり変わっている。本作でいえば、”Can't Tell U Enough”などのビートは、90年代の曲のそれと比べると音の輪郭がはっきりしているし、ディスコ音楽の流行を意識したと思われる”Cold Trigger”や、ヒスパニックの割合が多くなった現代のアメリカらしい、サルサを取り入れた楽曲”Run To Me”のように、特定のジャンルから強い影響を受けた楽曲が増えている。このように、彼は時代の変化を意識し、90年代の音楽のリメイクにならないよう、自身の音楽を更新しているように思えた。
自分の持ち味を大切にしつつ、時代の変化にもきちんと適応する、彼の良さが発揮された佳作。多くのベテラン・ミュージシャンが、自身の代表作が生み出すイメージに縛られて、時代に合わせた作風への転換に苦戦する中、それをいとも簡単に成し遂げたスキルは、もっと注目されてもいいと思う。
Producer
Eric Benét
Track List
1. Can't Tell U Enough
2. Sunshine
3. Insane
4. Cold Trigger
5. Home
6. Holdin' On feat. MC Lyte
7. Fun & Games
8. Run To Me feat. Arturo Sandoval
9. Floating Thru Time
10. Broke, Beat & Busted
11. That Day
12. Never Be The Same (Luna's Lullaby)
13. Sunshine Remix feat. Tamia
古いレコードからサンプリングしたフレーズや、シンセサイザーの音色を多用した、ヒップホップ寄りのR&Bが流行していた90年代中期。そんな時代に、彼は、生演奏による伴奏と、スマートで色っぽいハイ・テナー組み合わせたスタイルを携えて音楽シーンに登場。年季の入ったソウル・ファンから若い音楽ファンまで、幅広い層から支持を得てきた。
それから約20年、今や、生演奏を使ったR&Bは、ブルーノ・マーズからアデルまで、色々なミュージシャンのアルバムで聴かれるようになったし、ファレル・ウィリアムズのように、スマートなファルセットやハイ・テナーをトレード・マークにする歌手も増えてきた。だが、どれほど時代が変わっても、彼の音楽が多くの人から愛され続けているのは、流麗で親しみやすいメロディと、ハイトーンだが柔らかい歌という、確固たる個性が確立されていいるからだろう。
さて、本作の収録曲はというと、まず、アルバムのオープニングを飾る”Can't Tell U Enough”は、華やかなホーンで70年代のソウル・ミュージックっぽい豪華な雰囲気を演出したトラックに、滑らかなファルセットが乗っかった、2000年以降のプリンスっぽいファンク・ナンバー。ヒップホップの影響を感じさせる重めのビートを取り入れつつ、過去の作品でも数多く収録されている、少しゆったりとしたテンポのアップ・ナンバーを1曲目に持ってきたところが、作風がブレないことで定評のある彼らしくて格好良い。
続く、”Sunshine”は、艶めかしいギターの音色を軸にしたシンプルな伴奏の上で、繊細な歌声をじっくりと聴かせるスロー・ナンバー。ベイビーフェイスの『Playlist』に収録されていても不思議ではない、美しいメロディとみずみずしいテナーが堪能できる本作の目玉だ。一方、日本盤CDと配信バージョンのみに収められている同曲のリミックス・ヴァージョンは、”Spend My Life with You”で共演したタミアをフィーチャーしたデュエット。ギターの伴奏をキーボードに差し替えるなど、90年代の録音を彷彿させるモダンで洗練されたトラックをバックに、二人が交互に歌うロマンティックな曲だ。オリジナル・ヴァージョンでは、他の曲ではあまり見せないワイルドな歌声を響かせるエリックと、円熟した大人の色気を漂わせるタミアの歌が絡みあう 、本作一番の聴きどころだ。
それ以外の曲では、パンチの聴いたドラムとや力強いギターなど、一つ一つの楽器の音色がはっきりした演奏の上で、力強い歌唱をじっくりと聴かせるスロー・ナンバー”Insane”や、マーク・ロンソンの”Uptown Funk”などのヒットで盛り上がっている四つ打ちのビートと、ホーン・セクションやギター、キーボードなどの音色を重ね合わせたモダンな演奏をバックに、クール&ザ・ギャングっぽい軽快なメロディを聴かせる”Cold Trigger”。日本人の耳にはどうしても山下達郎の”Sparkle”っぽく聞こえてしまう、爽やかなエレキ・ギターのリフを取り入れたラフな雰囲気のトラックと、MCライトのワイルドなラップが、エリックの洗練されたヴォーカルを引き立てる”Holdin' On”や、ディジー・ガレスピーとも競演している、キューバ出身のジャズ・トランペット奏者、アルトゥーロ・サンドヴァルが切れ味鋭い演奏を披露するサルサ・ナンバー”Run To Me”(曲の所々で挟みこまれる、異様にセクシーな声の持ち主は誰なんだろう?)など、いずれも魅力的で捨てがたい、ハイレベルな曲が並んでいる。
実は、この文章を書く前に、過去の作品も一通り聴きなおしてみた。そして、彼が発表した楽曲を聴き続ける中で強く感じたことは、エリックが自分のスタイルを貫きながらも、時代の変化に合わせて、核以外の部分を微妙に調整しているということだった。流麗なメロディを、繊細でしなやかなハイ・テナーを使って丁寧に歌い上げるというスタイルは、デビュー当時から変わっていないが、アレンジや音の仕上がりは、時代によってかなり変わっている。本作でいえば、”Can't Tell U Enough”などのビートは、90年代の曲のそれと比べると音の輪郭がはっきりしているし、ディスコ音楽の流行を意識したと思われる”Cold Trigger”や、ヒスパニックの割合が多くなった現代のアメリカらしい、サルサを取り入れた楽曲”Run To Me”のように、特定のジャンルから強い影響を受けた楽曲が増えている。このように、彼は時代の変化を意識し、90年代の音楽のリメイクにならないよう、自身の音楽を更新しているように思えた。
自分の持ち味を大切にしつつ、時代の変化にもきちんと適応する、彼の良さが発揮された佳作。多くのベテラン・ミュージシャンが、自身の代表作が生み出すイメージに縛られて、時代に合わせた作風への転換に苦戦する中、それをいとも簡単に成し遂げたスキルは、もっと注目されてもいいと思う。
Producer
Eric Benét
Track List
1. Can't Tell U Enough
2. Sunshine
3. Insane
4. Cold Trigger
5. Home
6. Holdin' On feat. MC Lyte
7. Fun & Games
8. Run To Me feat. Arturo Sandoval
9. Floating Thru Time
10. Broke, Beat & Busted
11. That Day
12. Never Be The Same (Luna's Lullaby)
13. Sunshine Remix feat. Tamia